シリコンバレー銀行破綻、長期的には日中印の海外進出に影響か?

ハイリスク・ハイリターンなゲームビジネスにとって、シリコンバレーバンクはかけがえのない支援者だった。今後ゲーム業界ではどのような影響があるのか。

シリコンバレー銀行破綻、長期的には日中印の海外進出に影響か?

2023年3月10日のシリコンバレーバンク(SVB)について、ここ1週間の動きとゲームビジネスへの影響を振り返る。

“突然死”が起きるまで

シリコンバレーバンクはテック系スタートアップ企業への積極的な融資で知られ、その名の通り、アメリカ西海岸のシリコンバレーの中核を担う銀行だった。同社の総資産は2,100億ドルあまり、全米で18位の地方銀行とされる。今回の事件がアメリカの金融セクターを急落させたのは、2008年のリーマンブラザーズが破綻して以来アメリカの銀行として最大の破綻となったためだ。

しかしこの破綻は、シリコンバレーバンクがスタートアップ企業への投資に失敗したからではない。むしろ同社の業績は非常に好調だった。さらに2020年の金融緩和によってスタートアップ企業への出資が加速し、シリコンバレーバンクには大口預金が次々と集まった。

出典:https://ir.svb.com/financials/annual-reports-and-proxies/default.aspx

こうして、シリコンバレーバンクは有り余る預金残高を、融資や株式投資と並行して債券への投資に回すようになった。2022年度第4四半期(2023年1月19日発表)の決算資料によれば、総資産の57%を債券として保有している。保有債券の大部分はアメリカ国債と、不動産を担保とするモーゲージ証券(MBS:Mortgage Backed Securities)だった。

出典:https://ir.svb.com/financials/quarterly-results/default.aspx

モーゲージ証券とは住宅ローン債権を買い取って証券化したものだ。住宅ローンの借り手が返済する元金と利子が、モーゲージ証券の元本と利子の支払原資となる。

もし住宅ローンの借主が返済できない状態になったとしても、政府や大手金融機関が原本と利息を保証してくれるため、アメリカ国債と並ぶ高い信用力がある。短期で資金を集め、リスクの低い長期債券で運用する。それがシリコンバレーバンクの“手堅い”ビジネスモデルであった。

しかし昨年の金利上昇によって雲行きは怪しくなっていった。

一般的に、金利が上がれば債券価格は下落する。低金利の時に発行された既存の債券より、より良い(高い)金利で新たに発行された債券の方が投資家にとっては魅力的だ。したがって既存の債券は値下がりし、売却しても買った時の金額を下回るようになる。

これを含み損といい、シリコンバレーバンクの弱点を直撃した。長期債券を多く保有する“手堅さ”が金利上昇で裏目に出てしまい、シリコンバレーバンクは膨大な含み損を抱える羽目に陥ったのである。

金利上昇はスタートアップ企業に対しても逆風となった。金利が上がれば、資金調達は不利になる。これまでのように気前良く資金を誰も貸してくれない以上、事業を継続するには預金を切り崩すほかない。シリコンバレーバンクから預金が大量に引き出され、預金残高はみるみる減っていった。

だが預金残高を補填しようにも、シリコンバレーバンクの手元にあるのは含み損の膨らんだ債券ばかりだ。それでも銀行として金庫の中を空にするわけにはいかず、長期国債とモーゲージ証券を損切りして18億ドルもの売却損を計上することとなった。さらに、その売却損を補填するために22.5億ドル分の株式まで手放した。

出典:https://ir.svb.com/events-and-presentations/event-details/2023/Q123-Mid-Quarter-Update/

こうして資本力が急低下したことを受け、3月8日(水)にムーディーズ(アメリカの大手格付け会社)はシリコンバレーバンクの格下げを発表。翌9日(木)の市場は信用不安からパニックに陥り、同社の株は-60%まで暴落した。

とはいえ、銀行が破綻しても預金はある程度保護されるものだ。シリコンバレーバンクも1口座あたり25万ドルまでの保護を約束していた。個人の預金やスモールビジネスのための口座であれば大抵は保護対象となっただろう。

だがシリコンバレーバンクの主な顧客はスタートアップ企業、つまり法人向け口座がほとんどだ。事業の資金は百万ドル単位なので、実際のところ、同社預金全体の86%が保護対象外だったのである。(NRIの試算による)これを知った企業は、自分たちの預金を確保するためにシリコンバレーバンクから一斉に預金を引き出した。もともと預金不足だったところに取り付け騒ぎが発生し、このパニックがシリコンバレーバンクにとどめを刺すかたちとなった。これが今回の破綻劇の全容である。

パニックは収束へ

モーゲージ証券の運用失敗が発端である点はリーマンショックと類似しているが、今回の破綻でモーゲージ証券そのものの信用が失われたわけではない。したがってアナリストの多くはリーマンショックのような世界的不況を引き起こすことはないと予測している。

加えて、アメリカ当局の対応も早く、3月12日(日)にはアメリカ財務省と連邦準備理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)が共同声明を公表し、シリコンバレーバンクの全預金を完全に保護する特例措置を明らかにした。なお、この特例措置は、シリコンバレーバンクの余波で破綻したシグネチャーバンク(資産規模で全米29位)についても適用される。

3月13日にはシリコンバレーバンクの預金引き出しが再開された。アメリカ金融当局の対応が奏功してパニックはひとまず収束、安堵感が広がった。

シリコンバレーバンクに口座を持つ企業のうち、ゲームビジネス関連ではRoblox CorporationとUnity Softwareが知られるが、両社ともに業務への影響は最小限か、全く影響を与えないという旨の声明を出している。

Forbesの報道によれば、Robloxは現金30億ドルの内5%にあたる1億5,000万ドルをシリコンバレーバンクで保有し、またUnityはシリコンバレーバンクの預金は現金保有額の5%未満であったという。

中堅クラスの企業では、ポーランド・ワルシャワのカジノゲーム開発会社Huuuge Video Gamesがシリコンバレーバンクに2,420万ドルを預金していた。預金額は同社の流動資産総額の10%に相当し、株価が一時2%低下した。eSports界隈ではNRG eSports Clubがシリコンバレーバンクに口座を持っていたことを明かしたが、具体的な損失額は公表していない。

米ゲーム市場への進出に悪影響か

シリコンバレーバンクの破綻はアメリカ当局の特別措置によって一旦は収束したものの、信用が復活したわけではない。シリコンバレーバンクのイギリス法人・シリコンバレーバンクUK(SVB UK)はイギリス政府の介入でHSBCが1ポンドで買収されることが決まった。だがアメリカの本体をどこが引き受けるのかは依然不透明なままだ。

買収先がなかなか決まらないのは、シリコンバレーバンクがスタートアップ企業のための銀行だったからだ。起業家のコミュニティーに深く根ざし、未知数の事業計画でも正確かつ迅速に与信を審査できることがシリコンバレーバンクの最大の強みだった。

スタートアップは資金繰りが難しく、アイディアが良くても実現できずに終わるケースが多い。そこを積極的なつなぎ融資で支えてきたのがシリコンバレーバンクだった。同社のサービスを引き継ぐには起業家との深いリレーションシップとアジリティの高い体制が必要不可欠だ。しかしメガバンクでは買収のための資金を用意できても、スタートアップ企業が求めるスピード感にはついていけないだろう。買収交渉が難航しているのには、こういった背景もあると見られる。

ハイリスク・ハイリターンなゲームビジネスにとって、シリコンバレーバンクはかけがえのない支援者だった。それを失ったことは決して小さくない。

特にインドや中国など、アメリカ進出に注力してきた海外企業は、今後アメリカ国内で銀行口座を新たに開設するのが難しくなる可能性がある。現在アメリカでは社会保障番号を持っていなければ、ほとんどの銀行で口座は作れない。そういった海外企業のニーズに応えていたのもシリコンバレーバンクであった。シリコンバレーバンクの破綻は、時間をかけてゲームビジネスに影響を与えるのかもしれない。