『ディズニー ミュージックパレード』 技術で挑んだ“キラめき”のイノベーション
技術で挑んだ「遅延ゼロ」の体験。独自のゲームデザインと最新技術で切り拓いたリズムゲームの新境地を取材。
今やモバイルゲームの花形とも言えるリズムゲーム。この一大ジャンルの中で、独自のゲーム体験を追求しているのが『ディズニー ミュージックパレード(略称:ミューパレ)』だ。
『ミューパレ』はディズニーファンから圧倒的な支持を集め、配信開始から1年半が経過した今も勢いはとどまることを知らない。同作を手掛けたのは、リズムゲームで定評のあるアールフォース・エンターテインメント。そして技術面ではゲーム開発用ミドルウェアを提供するCRIミドルウェアがサポートを担当。
両社が技術で挑んだ、リズムゲームの新境地とはいかなるものだったのか。今回、ディレクターを務めたアールフォース・エンターテインメントの代表取締役社長・横山裕一氏と、楽曲のディレクションを担当する田口朝美香氏、そしてCRI・ミドルウェアの開発本部長である櫻井敦史氏に話を聞いた。
企画・取材:原孝則
執筆・取材:神谷美恵
取材協力:富士脇水面
撮影:岸波崇
コンセプトは「パレードのキラめき」
――『ディズニー ミュージックパレード』がディズニーファンから熱烈な支持を集めています。
横山:ありがとうございます。私たちアールフォース・エンターテインメントは、『ディズニー ミュージックパレード』の開発・運営を担当しており、お陰様で『ミューパレ』は配信開始から今年7月で1.5周年を迎えました。
――昨年のディズニー・オン・クラシックでは『ミューパレ』のテーマソングが演奏されたそうですね。
横山:プログラムに採用されたと聞いた時は飛び上がるほど嬉しかったです。しかもコンサートの1曲目に『ミューパレ』のテーマソングが選ばれ、その素晴らしい演奏に涙してしまいました。
――コンサートをきっかけに『ミューパレ』を知った人もいるのでしょうか。
横山:おそらくいらっしゃるのではと思います。配信開始から1年数ヶ月が経過した今も、毎月多くの方が新たに『ミューパレ』をプレイしていただいています。
――では早速ですが、『ミューパレ』のコンセプトをお聞かせください。
横山:ゲームの目指す先は、『ミューパレ』をプレイしていただくと、ディズニーの作品やディズニーのテーマパークに行きたくなる感覚を作れれば良いなと思っています。
そして、デザインコンセプトとしては、ディズニーのテーマパーク内で開催される夜のパレードをモチーフとしています。オープニングムービーからホーム画面、ステージ画面、そしてあらゆる細部に渡ってパレードのキラめきを体験していただけるようにデザインしました。
――ステージ画面は特にキラキラとした光に溢れていますね。
横山:子供っぽくならず上質でいて、ディズニー作品の世界をプレイヤーの皆さんが一緒にパレードして進んでいくようなイメージで作りました。
田口:たとえば『アナと雪の女王』のエルサが歌う有名な楽曲「レット・イット・ゴー~ありのままで~」では、最初はしんしんと雪が降り積もる銀世界をゆっくりと進んでいき、サビに差し掛かると、エルサが氷の階段を駆け上がるようにレールとノーツが一気に上昇して、グッと盛り上がっていきます。
そして、楽曲のエンディングには映画と同じように氷の城が完成し、パープルの空に美しく輝いている――というようなかたちで、約90秒間のステージに劇中の印象的なシーンがすべて詰め込まれています。
また、『ミューパレ』ではノーツと背景が立体的に表現され、ディズニー作品ならではのスケールの大きさ、世界の奥行きを感じていただけるようになっています。
田口:また、どのステージにも、作品にまつわるエピソードをモチーフとした演出を織り込んでいます。凝った表現をなめらかに描画・再生する技術はCRI・ミドルウェアさんのサポートによるところがやはり大きいですね。
――CRI・ミドルウェアが『ミューパレ』の技術面をサポートしているのですね。
櫻井:はい。『ミューパレ』では開発初期から、主にサウンド面と映像面で開発用ソフトウェアおよびテクニカルサポートをご提供しております。
――CRI・ミドルウェアの事業についてお聞かせください。
櫻井:CRI・ミドルウェアは1983年創業のIT技術の会社です。音声、映像、通信に関わる技術を得意としており、デジタルゲームをはじめ、家電、カーナビ等の自動車用電子機器、医療機器など様々な分野で私たちの技術が活用されています。
技術専門の会社のため、あまり知られていないかもしれませんが、ゲームファンの方々はゲームの起動時や製品パッケージで弊社の製品ブランド「CRIWARE(シーアールアイウェア)」ロゴを見かけたことがあるのではないでしょうか。
――CRI・ミドルウェアの技術はどのようなゲームに導入されているのですか。
櫻井:『ミューパレ』のようなスマートフォンゲームはもちろん、PlayStation、Nintendo Switchのようなコンソール向けゲーム、またPC向けのゲームまで、主要なプラットフォームでジャンルを問わずご採用いただいております。
導入実績は累計で約6700件、近年では特にモバイルゲーム分野での採用が増加しています。
――『ミューパレ』ではどのような技術が活用されているのでしょうか。
櫻井:先ほど横山さんが仰っていたとおり、パレードのキラめきをモバイル端末でどのように実現するかが最初の課題でした。単に光点がチカチカしているのではなく、ディズニーのテーマパークで実際に目にするのと同じように、ファンタジックな美しさを表現することが求められました。
そのためには光点ひとつひとつの粒がきちんと揃っていなくてはならず、しかも物語の世界で無数に広がっている、ということでアールフォースさんの要求仕様はかなり高度でしたが、「キラめき」というコンセプトを伺い、私どもとしても是非挑戦したいと思いました。
――「キラめき」には並々ならぬこだわりをお持ちなのですね。
横山:はい。ステージ画面の背景にある光ひとつひとつが、プレイヤーが楽曲をプレイする際に発した音である、という裏設定がありまして、『ミューパレ』で感じていただいた楽しさ、喜び、他の人への気持ち、そういった感動が光の粒子となってディズニー作品の世界を形作っている。
だからこそ、どの光もキラリと輝かせてあげたい。技術的にはかなりムチャ振りをしてしまいましたが、CRI・ミドルウェアさんにアドバイスをいただきながら、何とか実現にこぎつけました。
――なるほど。『ミューパレ』では技術的問題をどのように解決したのでしょうか。
田口:映像面の一番の課題は、ステージ画面における背景演出の負荷軽減でした。
横山:少し技術的に込み入った話になりますが、開発環境で完璧な光点(キラめき)で背景を作り上げたとしても、それをそのままモバイル端末に実装するのはほぼ不可能です。
なぜなら開発に使用するPCとモバイル端末では性能に大きな差があり、処理性能に劣るモバイル端末ではまともに描画することができないためです。
――ですが、最近のスマートフォンはかなり性能が高いと聞きます。
田口:そうですね。しかしモバイル端末にはいくつもアプリがインストールされていて、バックグラウンドで常に稼働しています。つまり、モバイル端末の中は処理性能を複数のアプリがシェアしている状態なのです。
そうなると『ミューパレ』に割り当てられるリソース(処理性能)は思いのほか小さい。そこで求められるのが、少ないリソースで滑らかに描画するための負荷軽減技術です。
横山:『ミューパレ』は、もともとリズムゲームとしてはかなり重く、高負荷な設計にならざるを得ませんでした。目安で言うと、最新のコンソールマシン並みの性能があってやっと動くというくらいです。
高負荷の原因はやはりほぼ全ての表示物が光の点、パーティクルで構成されているという部分です。言ってしまえば、『ミューパレ』はステージの最初から最後までエフェクトで構成されているわけですから、負荷は半端ないわけです。
もっと平板なデザインにすればこんなに悩むこともなかったのですが……(苦笑)。どうしても譲れなくて。
――背景の美しさと、モバイル端末への負荷をどのように両立するかが課題だったということですね。
横山:はい。そこで我々が編み出した解決策が、背景演出のムービー化でした。リアルタイムで3Dを描画するのではなく、2Dのムービーとしてあらかじめ録画しておき、楽曲とノーツの進行に合わせてムービーを再生するという方法です。
――えっ! 私たちが見ている背景はムービーなのですか? 3Dと同じように奥行きを感じますが……。
横山:演出のすべてではありませんが、ステージ画面の背景はほとんどが2Dのムービーとして処理されているんですよ。
櫻井:背景演出のムービー化というご要望をいただき、弊社独自のデータ圧縮技術を活用できるのではないかと考えました。
一般的に、3Dから2Dのムービーへ変換すると、確かに処理負荷は小さくなりますが、同時に画質が大きく劣化してしまいます。簡単に言うと、全体的にピンぼけしたような感じになり、光点、つまりキラめきがにじんでしまうんですね。
その点、弊社のデータ圧縮技術で2Dムービー化すると、見た目をほとんど劣化させることなく、データ量を大幅に削減することができるのです。
――なるほど。『ミューパレ』のキラめきは、技術の輝きとも言えそうですね。
横山:仰るとおりです。『ミューパレ』のステージ画面のキラめきは結構鋭いものはハッキリと、柔らかいものはソフトにしっかりと表現されているかと思います。そこに私たちの拘りを感じていただければ、開発者冥利に尽きます。
ディズニーから学んだメイク・センスのマインド
――『ミューパレ』一番の魅力はやはり大胆な楽曲アレンジだと思いますが、いかがでしょう。
田口:ありがとうございます。嬉しいことに、楽曲のアレンジはどれも大変ご好評をいただいており、公式動画にもたくさんのコメントと高評価が寄せられています。
――『ミューパレ』の楽曲はどのように制作されているのですか。
田口:実際のアレンジは社内外のアレンジャー様に制作を依頼していますが、曲の構成やアレンジの方向性といったディレクションは主に私が担当しています。
――アレンジの方向性を考える時、田口さんはどのようなことに目を向けているのでしょう。
田口:楽曲はすべてディズニー映画やピクサー映画と紐づいていますから、何よりもまず、作品のルーツを大切にしようと心掛けています。
ストーリー、キャラクターをはじめ、本楽曲ジャンルの深堀り、本作品で舞台になっている国の文化、それに制作に関わった監督や作曲家といったクリエイターもすべて事前にリサーチしています。
田口:ディズニー映画はその時代の雰囲気が色濃く反映されているので私たち開発者側にも深い理解が必要です。
そういったバックグラウンドを把握した上で、私自身が作品に触れてみて、一番感動した場面、お気に入りのシーンやセリフといったところを手がかりにしつつ、方向性を色々と模索していく、というかたちで取り組んでいます。
――中でも『ふしぎの国のアリス』の「誰がバラを赤く塗った?」はかなり大胆なアレンジですね。
田口:だいぶ思い切りました! 『ふしぎの国のアリス』は1951年公開の比較的古い作品ですが、ハートの女王は今もなおディズニーの代表的なヴィラン(悪役)として知られています。
ハートの女王の迫力や劇中の振る舞いなどを現代風に演出したいと思い、ゴシック・メタル調のアレンジにしていただきました。大胆なアレンジができるのも、ディズニーらしい印象的なメロディーがあってこそです。
――ディズニーのテーマパークで開催されるパレードと同じように、『ミューパレ』ではキャラクターがストーリーにちなんだ乗り物「ライド」に乗って登場します。白雪姫ならリンゴ型の馬車、アラジンなら魔法のじゅうたんがモチーフとなっていますが、ハートの女王はライドが一風変わったデザインで非常に関心しました。
田口:無茶ばかり命じる女王と、彼女に振り回されっぱなしのちょっと哀れなトランプ兵、というイメージがよく伝わってきますよね。
同時に、女王の高慢さがかえってユーモラスに見えてしまう感じや、トランプ兵の、かわいそうなんだけどコミカルな一面もデザインに含まれていて、そのあたりが、いかにもハートの女王らしいライドになっているのではないでしょうか。
――『ミューパレ』をプレイしていると、随所でディズニー作品に対する理解の深さが伝わってきます。ディープなディズニーファンが認めるクリエイティブは並大抵ではないと思いますが、開発チームではどのようにコンセプトを共有しているのですか。
横山:プロジェクトのキックオフで、まず全員でディズニーのテーマパークを見学することから始めました。
――ではプロジェクトメンバーでテーマパークに。
横山:いえいえ、開発部門だけではなく、経理部、人事部といったバックオフィスのスタッフも含めて訪問し、ディズニーを満喫されているお客様の気持ちになって研究してきました。
――面白い取り組みです。バックオフィスのスタッフにも見学を勧めたのはなぜですか。
横山:ディズニーの価値観を全社の共通語にしたかったのです。
――ディズニーが根ざすカルチャーを組織全体で学ばなくてはならないと。
横山:そのとおりです。
田口:学ぶという点では、社内で「ディズニー作品を理解するテスト」を実施しています。結構難しくて、これで満点が獲れたら本物のディズニーマニアだと思います。
横山:よもやこの年齢でテストの点数を壁に掲示されることになるとは(笑)。
――横山さんも受験されたのですか。
横山:ええ、もちろん!
田口:ほかにも、ディズニー映画の鑑賞会を社内で開催したりしました。皆で一緒に見るのもいいですね。すごく楽しかったです。
――では、ディズニー作品、あるいはディズニーのテーマパークから得た一番の学びは何でしたか。
横山:「メイク・センス(Make Sence)」のマインド、これに尽きると思います。
――「メイク・センス」ですか。詳しくお聞かせください。
横山:私個人がディズニーのクリエイターと会話するときに注意しているのが、メイク・センス、有意義なこだわりです。ゲーム開発に沿って言い換えれば、「その仕様であるべき確かな理由」といったところでしょうか。
「このデザインはメイク・センスですか?」と聞かれたら、「この仕様の根拠は何? このデザインでどんな体験を実現したい?」という意味です。その問いに説得力のある理由が見当たらなければ、皆でもう一度見直してみよう、となるわけです。
――では『ミューパレ』における「メイク・センス」とは何でしょうか。
横山:共に奏でる喜び、それを皆さんに伝えたくて『ミューパレ』を作りました。
――共に奏でる喜びですか。
横山:私が感じていることですが、ディズニーのテーマパークには、ディズニーという同じ世界を分かち合う喜びがあります。
顔も名前も知らない人同士なのに、パークに一歩足を踏み入れれば、ゲストとして、あるいはキャストとして、いつの間にかディズニーの世界を分かち合っている。そして同じ夜空の下で人々が同じパレードの輝きを見つめている。
その光景を思い浮かべるだけで、どこか心がほぐれるような、温かい気持ちになりませんか。
――わかるような気がします。パークのゲートをくぐった瞬間、ディズニーの世界に包み込まれる幸せを感じます。
横山:ネットワークの向こうにディズニーを好きな人がいて、その人達と共に何かを感じながら光と音とで構成されたディズニーの世界を共感する、そんな幸福感をゲームの形に落とし込みたいと考えたのが『ミューパレ』なのです。
――だから『ミューパレ』は協力型マルチプレイがデフォルトになっているのですね。
横山:はい。『ミューパレ』では基本的に4人のプレイヤーが同じ楽曲でプレイし、全員でスコアを重ねていきます。ゲームを通じて同じ世界を分かち合ってほしい。
――リズムアクションゲームはシングルプレイをメインに据えているものが主流ですが、『ミューパレ』は対照的な設計です。
横山:パークの感動を追求した結果、自然と今の形に落ち着きました。加えて、『ミューパレ』にはタイトル画面にスタートボタンがありません。これはテーマ曲と共にゲームの世界へ引き込まれていくような工夫です。
――協力型マルチプレイに、楽曲アレンジ、バラエティ豊かな演出と、『ミューパレ』は斬新なデザインと仕組みが数多く備わっています。モバイル向けのリズムゲームとして新たな地平を切り開いたのではないでしょうか。
横山:そう言っていただけると嬉しいです。ただ一方で、私たちは『ミューパレ』をリズムゲームと認識されるより「共に奏でる喜び」、つまり音楽の原体験をひたすらに追い求めた「音楽ゲーム」だと感じていただきたいのです。
『ミューパレ』が手本としたのは、実はゲームだけではありません。私達はスマートフォンを楽器にしたいと考えています。
――楽器、たとえばピアノやバイオリンのような?
横山:そうですね。画面をタップすると音が鳴り、しっかり楽曲に合わせた音階がある。実際には楽器を弾けない方でも、ネットワークを介して『ミューパレ』と言う楽器で皆さんが合奏していただければなと。
――音楽に合わせてタップ音の音程が変わるのは、そういうことだったのですね。
横山:『ミューパレ』では、楽曲の特定の箇所でタイミング良く入力すると、タップ音で楽曲のメロディを演奏することができるようになっています。
メロディは主旋律だけではなく副旋律(ハモり)も用意されており、デュエットのように交互に奏でる部分もあります。これを他のプレイヤーの入力結果ともシンクロさせています。
――となると、より厳密なタイミング調整が必要になるのでは。
横山:それはもう、どの曲も調整には非常に苦労しています(苦笑)。田口さんをはじめとするサウンドチームの研鑽、そしてCRI・ミドルウェアさんの技術力がなければ到底実現できませんでした。
技術で挑んだ「遅延ゼロ」の体験
――「共に奏でる喜び」とCRI・ミドルウェアの技術はどのように関わっているのでしょうか。
櫻井:最初にお話をいただいた時はまだ、雲をつかむような話というか、横山さんがどのような完成図を描こうとしているのかと正直図りかねていました。
――楽器を弾くような感覚でプレイするリズムゲーム、ですからね。
櫻井:ええ。それでも何度かヒアリングさせていただくうちに、だんだん事の重大さがわかってきました。ひょっとすると、アールフォースさんはリズムゲームで大きな挑戦をしようとしていらっしゃるのではないかと。
――大きな挑戦とは、どのような意味でしょう?
櫻井:まずは技術的な背景をお話しした方が良いかもしれません。弊社では音響分野の技術を活用し、主にゲーム会社様向けに統合型サウンドミドルウェア「ADX」という開発用ソフトウェアをご提供しています。
「ADX」はこれまでも様々なゲームプラットフォームでご利用いただいておりますが、2012年にモバイルゲームに特化した機能として「低遅延再生モード」を初めて内蔵し、それが現在のモバイル向けリズムゲームにおけるスタンダードとなりつつあります。
――「ADX」がゲーム開発向けサウンドミドルウェアのデファクト・スタンダードというわけですね。
櫻井:もちろん、ほかにも同様の優れたソフトウェアはたくさんあります。ただ私どもにも長年培ってきた技術がありますから、そのあたりは一日の長があると自負しております。
――では「低遅延再生モード」について教えてください。
櫻井:一般的に、ゲームでは入力から実際に音が再生されるまでに、ほんの少しですが時間のズレが生じます。
ゲームの音が出力される仕組みを大まかに説明しますと、ユーザーが入力(タップやボタンの押下)を行うと、それを検知したアプリケーション(ゲーム)から「この音を再生しなさい」と命令が発せられ、命令を受けたオーディオシステムが音のデータをOS(モバイルではiOSまたはAndroidなど)に手渡し、スピーカーから音が出るという流れになっています。
つまり、入力処理(操作の検知)、再生処理(音のデータの準備)、出力処理(端末から音を出す準備)の3つのステップを経て、音が鳴るという構造です。
櫻井:入力処理はアプリケーション(ゲーム)、再生処理はオーディオシステム、出力処理はOS(モバイルならiOSやAndroid)が担当し、三者が順にバトンリレーをしていると思ってください。
実際のリレーでバトンを渡す時に時間がかかるのと同様に、三者間でデータをやり取りする際に若干の時間がかかるため、入力(ユーザーの操作)から出力(実際に音が鳴ること)までにタイムラグが発生するというわけです。
――そのタイムラグが私たちユーザーには遅延として感じられるということですか。
櫻井:一般のユーザーが遅延を感じることはまれです。遅延と言っても1000分の1秒単位ですし、人間には音の遅延を自動的に補正する知覚能力が備わっているため、ほとんど体感できません。処理性能の高いゲームコンソールやアーケード用の筐体ならばなおさらです。
遅延が問題になるのは主にモバイル端末の場合です。先程もお話があったとおり、モバイルゲームに割り当てられるリソース(処理性能)が限られている上、それ以外にも様々な理由から各ステップで処理に時間がかかり、場合によっては入力(タップ)から音が鳴るまでに200ms(ミリセック:1ms=1000分の1秒)近い遅延が発生することもあります。
ここまでズレが大きくなると、多くの人がタップと音の間に遅延を感じるようになり、タイミングがシビアなゲームではプレイの妨げにも繋がります。
――どのくらいの遅延なら快適にプレイできるのでしょうか。
櫻井:遅延は小さければ小さいほど良いのですが、従来の低遅延再生モードでは100ms前後に遅延を抑えることが可能です。遅延をゼロにすることはできなくとも、体感では十分許容範囲と言えるかと思います。
他社のソフトに引けを取らない、優れた技術だと自信を持っていました。
――なるほど。『ミューパレ』でも低遅延再生モードの技術が使われているのですか。
櫻井:当初はそのようにご提案しようと考えておりました。ところが開発が進んでいく中で、アールフォースさんから「遅い」と、ご指摘を受けまして……。
――低遅延再生モードで、遅延は許容範囲内に収まるはずでしたが。
櫻井:私もそう思っていましたから、ご指摘には正直驚きました。しかしアールフォースさんが目指したのは、楽器を弾くような感覚でプレイするリズムゲームです。他社のゲームで遅延が何msであろうと、そもそも比較対象になりません。
――そうでした。『ミューパレ』のお手本はピアノなどの楽器でしたね!
櫻井:はい。『ミューパレ』の大きな挑戦とは、遅延を極限まで短縮し、従来のモバイル向けリズムゲームの基準を覆(くつがえ)すことにありました。
実際のグランドピアノでは打鍵してから音が鳴るまでが約40~60ms。ということは、従来の低遅延再生モードより、さらに50ms短縮させなければならない。率直に申し上げますと、これは前代未聞の挑戦、未曾有(みぞう)の要求仕様でした。
――それほど大変なことだったのですね。
横山:CRI・ミドルウェアさんでなければ、こんな無理なお願いはしなかったでしょう。でも私たちのメイク・センスとCRI・ミドルウェアさんの技術があれば、きっと実現できるという予感がありました。
――しかし50msなんて、ほんの一瞬ではありませんか。
櫻井:そうですね。体感できるかどうか微妙なほど短い時間です。しかし、その一瞬がリズムゲームの世界では分厚い壁となって立ちはだかっていました。そこで私たちは従来の構造を逆転させ、まったく新しいアプローチから遅延短縮を試みました。
オーディオシステムがバトン、もとい音のデータをOSに手渡すのではなく、OS側から必要な音をオーダーしてもらい、オーダーを受けたオーディオシステムが即座に音のデータにエフェクトをかけ、その場でOSに提供する。
この新しい設計思想で開発された超・低遅延再生技術がCRI・ミドルウェアの「SonicSYNC」です。
――『ミューパレ』に実装された新技術ですね。
櫻井:SonicSYNCで遅延時間は半減し、目標であるグランドピアノの水準、50ms前後まで短縮させることに成功しました。
横山:SonicSYNCでリズムゲームのユーザー体験は劇的に向上しました。
楽曲を聴きながらリズムにのってポンポンとタップすると、それがメロディーになって返ってくる。条件反射の緊張ではなく、音楽体験として素直に身体に入ってくる感覚があり、本当に感動しました。
――CRI・ミドルウェアとアールフォースの協力が、モバイル向けリズムゲームにイノベーションを起こしたと言えるのではないかと思います。両社の今後の展開はどのようにお考えでしょうか。
櫻井:『ミューパレ』をはじめ、モバイル向けリズムゲームの人気タイトルを中心にSonicSYNCの導入が広がっています。
SonicSYNCが、リズムゲームで優れたユーザー体験を約束する新技術として認知されてきたのではないかと大変嬉しく思っています。今後も更なる技術向上とテクニカルサポートの充実に努めていく所存です。
横山:『ミューパレ』のロードマップとしましては、年内に5つのワールドを追加する予定です。鋭意開発を進めていますので、ぜひ楽しみにしていてください。
また、運営1周年記念の際にユーザーアンケートを実施させていただきました。私を含めてスタッフ一同、すべてのご回答、ご要望を拝見しております。少々時間はかかるかもしれませんが、地道に改善を進めていきますので、どうぞご安心ください。
そして最後になってしまいましたが、いつも温かい応援をいただき、ありがとうございます。運営に携わって、こんなに心温まる経験をしたのは『ミューパレ』が初めてです。皆様のために運営に尽力していきたいと思っています。
――本日はありがとうございました。
企画・取材:原孝則
執筆・取材:神谷美恵
取材協力:富士脇水面
撮影:岸波崇