人材育成・組織改善の貢献も。カジュアルゲーム開発スタジオを設立したアカツキの想い
Buddyのスタジオヘッドを務める佐藤恵⽃氏に、昨今のカジュアルゲームのトレンドをはじめ、開発体制やアイデアの創出など、さまざまな視点から事業の可能性を聞いた。
ゲームアプリ市場の変革期を担う「ハイパーカジュアルゲーム(※記事の読みやすさを考慮して、以下「カジュアルゲーム」として統一)」の存在。市場全体が同ジャンルに傾倒しているわけではありませんが、いまだ人気の熱は冷めていません。
そもそもカジュアルゲームは、スマートフォン向けゲーム(以下、スマホゲーム)黎明期から存在し、端末の機能を活かした直感的な操作方法、老若男女だれもが楽しめる万国共通のルールなど、ゲームの間口を広げるジャンルでもありました。
その後、『パズル&ドラゴンズ』(提供:ガンホー・オンライン・エンターテイメント社)や『モンスターストライク』(提供:ミクシィ社)、『Fate/Grand Order』(提供:ディライトワークス)など、物語性や育成要素を主軸に据えた運用型の需要が高まりました。
再びカジュアルゲームが熱を帯びたのは2018年頃、同ジャンルが海外のストアランキング上位を席巻したのがきっかけです。説明を必要としない明快さと、昨今のトレンドであるマルチプレイの妙を組み合わせたカジュアルゲームは、瞬く間に日本でも大流行。その勢いが顕著に表れているのが、アプリ分析会社のApp Annieが発表した「2019年上半期 国内アプリTOP10ランキング」です。
「2019年上半期 国内アプリTOP10ランキング」では、ゲームカテゴリーの無料アプリダウンロード数のTOP10のうち、9つのアプリパブリッシャーが海外企業であり、その多くがカジュアルゲームでした。唯一、5位にランクインした日本タイトル『ナゾトキの時間』も2分で解ける推理ゲームのため、カジュアルゲームといっても差し支えないでしょう。
このように、2019年の日本ゲームアプリ市場では、海外企業の参入はもとより、現在もなおカジュアルゲームが過熱していることが分かります。こうしたヒットの背景には、企業側の開発事情と、ユーザー側の需要が合致したからではないかと筆者は考えます。
大ヒットスマホゲーム『パズル&ドラゴンズ』がリリースされてから、2020年2月で8年が経ちます。現在のアプリストアのセールスランキングを調査してみると、上位には運営3年以上のタイトルが占有。すでに国内スマホゲーム市場は頭打ちで、言わば企業は売上・ユーザーを限られた母数の中から奪い合う状況が続いています。
しかし、企業はさらなる事業成長を目指すため、新規タイトルを開発し続ける。日々さまざまなゲームに触れるユーザーは目が肥え、端末の性能向上により高い開発スキルが求められ、そしてゴールのないゲームのリッチ化、それに伴う開発費の高騰——。ハードの移り変わりのたびに必ず起こるゲーム業界の問題点が、いままさに直面しているのです。
カジュアルゲームは、その名の通り内容も至極シンプルで、繰り返し遊べる面白さを兼ね備えており、開発費用は従来のスマホゲームと比較して少額。さらにマネタイズは、動画広告を採用しているケースが多く、繰り返し遊ぶその中毒性から広告露出が高いほか、コンティニューや時短などゲーム内の恩恵も与えてくれるなど、広告をポジティブに捉えるユーザーも存在し、ヒット後の利益率の高さが特徴的です。
実際に小規模の開発チームでカジュアルゲームを開発し、短期間で5億円以上もの売上を記録するケースは国内外含めて存在します。そういう意味では、開発費の高騰が叫ばれる昨今のゲーム業界において、カジュアルゲームは企業側の開発事情を打開する取り組みのひとつとしても注目されているのです。
一方ユーザー側の状況は、エンタメ系アプリの勃興により、ひとつのゲームにかける時間が減少し、いわゆる可処分時間の奪い合いがゲーム分野だけではなく、他ジャンルでも巻き起こっています。さまざまなアプリを起動するユーザーは、まさに多忙の毎日。そんな彼らのライフスタイルの隙間に入り込めるのが、短時間で遊べるカジュアルゲームだったのです。
このように、企業側の開発事情とユーザー側の需要が合致したことで、国内でもカジュアルゲームが爆発的な人気となります。
そして2019年下半期には、アカツキ社とポノス社がカジュアルゲームを専門に展開するスタジオを立ち上げました。
なかでもアカツキ社が立ち上げたスタジオ「Buddy」は、PvP特化型カジュアルゲームスタジオというユニークなコンセプトを打ち立て展開しています。すでにBuddyでは、カードゲーム『TRiPAL』、英語版しりとり対戦ゲーム『WORDWARS』など(※)、Facebookメッセンジャーやニュースフィード上でゲームができるFacebookインスタントゲームで配信。
※記事掲載時点では、カラフルサバイバルゲーム『Bomber.io』、パイレーツスロットバトルゲーム『Treasure Hunt Of Pirates』と合計4本のタイトルをリリースしています。本稿では、Buddyのスタジオヘッドを務める佐藤恵⽃氏にお話を伺い、昨今のカジュアルゲームのトレンドをはじめ、開発体制やアイデアの創出など、さまざまな視点から事業の可能性を探りました。
企画・取材・執筆:原孝則
少数精鋭で1ヵ月に1本ペースを実現
——本日はお時間いただき、ありがとうございます。アカツキ社がカジュアルゲームスタジオを立ち上げたと聞いて驚きました。まずは月並みな質問からで恐縮ですが、設立した経緯について教えてください。
もともと『クラッシュ・ロワイヤル』(提供:Supercell)や『マインクラフト』(提供:Mojang)など、ゲーム内容がシンプルで奥深く、みんなと盛り上がるゲームを好んで遊んできました。ゲームの面白さは、内容も然ることながら、やはりゲームを通じたコミュニケーション要素が本質だと感じています。そんな“シンプルで奥深い”、“みんなと盛り上がるコミュニケーション性”を実現できるゲームを、日本から世界に向けて発信したいという想いのもとBuddyを立ち上げました。
——スタジオ設立の経緯には、ゲームアプリ市場の変化も影響していますか。
はい、影響しています。すでに界隈で言われていることではありますが、いまゲームアプリ市場は成熟しています。さらに海外からも良質なゲームアプリが次々と配信され、開発費高騰が叫ばれるなか、日本のゲーム会社は競合他社とのリッチ化勝負が余儀なくされています。リッチ化勝負はゲーム市場の歴史から鑑みても、ハードの移り変わりの際に必ず生じる転換期ではありますが、全社でそこに身を投じる必要はないと思います。
また、Pay to Win(課金することで特定のユーザーが有利になること)のゲーム性にも疑問を抱いており、純粋に対戦や協力などをベースにしたゲーム作りができればという想いも、スタジオ設立の理由のひとつでもあります。
——そうして“PvP特化型カジュアルゲームスタジオ”というユニークなコンセプトを打ち立てたのですね。
はい。ただ、ロジカルだけではなく、アイデアひとつでヒットが左右されるカジュアルゲームは、成功確度を高めるのは容易なことではないですし、新規事業のため潤沢な資金もありません。だからこそ、まずは小さな組織で始めてから、面白さの仮説検証など試行錯誤を繰り返して、事業を進めていこうとしています。
——開発期間や開発中のラインについても教えてください。
開発期間は最長で3ヵ月を目標としています。今後は1ヵ月ペースで開発していければと考えています。開発中のラインは、片手で収まらないくらい走っていますね(5本以上)。
——現在スタジオは何人体制ですか。
専属は僕と若手プランナーの2人です。また、ほかのプロジェクトと並行している大手ゲーム会社出身のベテランディレクターや、外部の開発会社に依頼するなど、基本的にはこうしたメンバーで企画・開発を行っています。
——スタジオ専属が2人とのことですが、どのような業務の振り分けを。
企画の種づくりは若手プランナーが担当し、そこに僕が肉付けしていく流れとなります。当然僕も企画やゲームデザインを考えていますが、テーマなしに闇雲に考えても意味がありません。そのため、ある程度の市場感やジャンルなどを鑑みて、2点ほどの制約を設けてプランナーに依頼、または自分で考えることがあります。たとえば、テーマがスポーツで、ジャンルをアクションという制約を設けて企画を考えてもらうなど。
——カジュアルゲームのみならず、ゲームのヒットは斬新なゲームデザインや面白さが問われることがあります。閃きや数値には表れない要素のため、ことアイデア出しではご苦労もあるかと思います。
そうですね。ただ、結局アイデアは、なにかとなにかの組み合わせだと考えています。だからこそ自分で見た・聞いた・体験したという引き出しの多さが重要になり、そこから組み合わせの妙でふとした瞬間にゲームのアイデアが生まれることがあります。
——引き出しを増やすためには。
単純ですが、僕は大量のゲームを遊んでいます。なかでもカジュアルゲームは、一日に30タイトル以上は遊んでいると思います。
Facebookのインスタントゲームをはじめ、国内外の無料ダウンロード及びセールスランキングを朝刊のようにチェックして、毎日情報をアップデートしていますね。さまざまな情報を蓄積したうえで、自分たちが開発するゲームが、たとえば3カ月後にリリースすることを考えたときに、当時の市場感はどうなっているのかまでも想定して企画・開発に臨んでいます。
——2019年10月に『TRiPAL』、翌月11月に『WORDWARS』をリリースしていますが、それぞれどのような経緯で生まれたのでしょうか。
実は『TRiPAL』については、Buddyの立ち上げ前より企画が進行していたタイトルでした。そもそも弊社には、「シードプロジェクト」という社内コンペがありまして、そこに現在Buddyにも関わってくれているディレクターが『TRiPAL』の原型を出し、開発の承認が下りたという経緯があります。
そして、その状況を見ていた僕は、かねてから構想していたBuddyの思想と『TRiPAL』が合致していると感じ、スタジオを立ち上げ、本格的に担当ディレクターと開発を進めることとなったのです。また、単純にアカツキ社として打ち出すより、新たに立ち上げたカジュアルゲームのスタジオタイトルとしてリリースしたほうが今後の事業体制から考えてもベストなのではないかと思いました。
■TRiPAL - ゲーム概要
——なるほど。
『WORDWARS』はBuddy立ち上げ後によるタイトルになります。昨今、海外を中心にワード系のゲームアプリがヒットしていましたが、そのまま同じようなゲームを手掛けても意味がなかったので、Buddyならではの要素として対人戦を主軸に企画を進めていきました。
実際に『WORDWARS』では、しりとりの文字の長さに応じて相手のHPにダメージを与える仕組みです。ワード系ゲームというだれもが楽しめるシンプルさを残しつつも、熱中できる対人要素を兼ね備えたタイトルに仕上がったと思います。なお、ゲーム開発におけるプログラミングなどは、外部の開発会社に依頼しました。
■WORDWARS - ゲーム概要
引き算型の思考力と組織への貢献
——ゲーム開発全般的に言えることですが、面白さの追求とスケジュールの折り合いや、最終的にリリースに至るまでの判断材料はどのように考えていますか。
実は3つ設けています。
- 自身の知見と照らし合わせて、シンプルに自分の評価で判断
- 社内スタッフからのフィードバックを集めて課題抽出と改修
- ヒット作の要素を抽象化し、開発中のゲームにその要素が入っているかを確認
もちろん、これだけで成功が約束されるものではありませんが、あくまでもリリース前に最低限行っていることです。なかでも3つめのヒット作の要素の有無については、気を配りながら確認しています。主観による判断も大事ですが、面白さの源流を客観的に理解しなければならないので、市場がうかがい知れるヒット作の分析も必要だと感じています。
——各タイトルはFacebookインスタントゲームでリリースされています。アプリ展開はされないのでしょうか。
現在は、面白さの仮説検証やデータ分析を行うフェーズとして、Facebookインスタントゲームを中心にゲームを展開しています。一定の成果が出たタイミングで、ここで得た知見をもとにアプリでリリースしようかと考えています。
Facebookインスタントゲームを選んだ理由は、PC・スマートフォン問わず、世界中のユーザーが利用しているSNSだからです。そもそもカジュアルゲームは、万国共通で理解できる明快なルールが軸となるので、基本的にはユニバーサルデザインを意識したグローバル配信である必要があります。そう考えたときに、世界中で圧倒的な母数を抱えているSNS上で展開することは、さまざまなフィードバックやデータが蓄積されるのではないかと思いました。
また、Facebookインスタントゲームの開発にはHTML5を採用しており、比較的安価で素早く開発できるのも理由のひとつです。
——会社から課せられた事業目標はありますか。
会社から告げられた明確な目標値はありませんが、自分たちが目指すべきKPIは据えております。
——現状の売上についてはいかがですか。
具体的な数字は申し上げられませんが、すでに動画広告による収益は発生しています。アプリ版を展開した際には、動画広告に加えて、アプリ内課金を導入しようかと検討中です。ただ、小さい組織のため、ランニングコストはいいですね。
——会社側は今回のスタジオ立ち上げについて、どのような見解を示していますか。
とても前向きに捉えてくれています。先ほど申し上げたように、昨今のゲームアプリの開発・運用は、年月が経つにつれて組織の肥大化や開発費の高騰など、さまざまな課題に直面しています。こうした課題の改善にも寄与するほか、ソーシャルゲーム特有の足し算型の企画からの脱却にもつながるなど、社内でもいい影響を与えてくれるものだと認識されています。
一方でカジュアルゲームは引き算のような思考力が求められます。無駄なものをそぎ落とし、あらわになったゲームの核に面白さが詰まっている。まだスタジオを立ち上げて間もないですが、こうした引き算型の思考力は本当に勉強となり、従来のソーシャルゲームの開発・運用にも適応できるのではないかと考えています。
そういう意味では、事業的なインパクトのみならず、人材育成や組織改善にも貢献できるのではないかと確信しています。
——たしかに。小規模でも革新的なゲームに挑戦できる環境は、アカツキ全体でもクリエイティブな影響を与えると思います。
そうですね。たとえば、いきなり入社1年目の若手に予算10億円を渡して、「3年で新作ゲームを作ってほしい」と言われたら、まあ難しいじゃないですか。当然、新規プロジェクトにアサインされるのは、過去にさまざまなタイトルを開発・運用してきたベテランクリエイターですし、組織には相応の人員が必要になるため、プロジェクトのライン数は増えない。
Buddyでは、0から10まで全ての工程を若手のうちに経験し、その後、ステップを踏んで成長できるようにと心掛けています。
——事業としての拡大はどのように見据えていますか。
まずは、組織として柔軟に取り組めることを意識しています。たとえば、社外または学生から企画を公募して、我々のほうで開発をサポートし、みんなでひとつのゲームを作るなど、社内だけで収まらないように、対外的なつながりも増やせていければと思っています。
先ほど企画の種づくりの話をしましたが、僕はアイデアの良し悪しにあまり重要性を感じていません。だれのアイデアが優れているというのは関係なく、いかに種を綺麗な花に咲かせるのかが大事ですし、それが我々の役目でもあります。だからこそ、アイデアの種自体はいろいろな人から集めたほうがいいですし、自分の企画に固執するつもりもないのです。
——カジュアルゲーム市場の課題感として、寿命の短さも挙げられます。爆発的なヒットで短期的な広告収入などは見込めますが、繰り返し遊ぶことから飽きられるのも早く、また次のカジュアルゲームに移り変わる。実際に無料ダウンロードランキングでは、カジュアルゲームが席巻している一方で入れ替わりも激しいのが特徴です。
そうですね。カジュアルゲームは、まるでスナック菓子のように消化されていきますが、一定の奥行きを作ることで継続性を高めることもできると思います。たとえば、『クラッシュ・ロワイヤル』に関してもゲーム性やサイクルなどはとてもシンプルです。ただ、この作品には各カードの育成要素をはじめ、対人戦を経て自分のランクが上昇するアリーナという仕組みを導入し、奥行きを設けたことで大ヒットにつながっています。
我々は、ゲームサイクルとアウトゲームの部分を定型化して、核となるインゲームを毎回作り変えていく方法を考えています。実際に開発するものはインゲーム部分ですが、事前に成形していた型にはめ込むことで、一気に奥行きが出るものだと考えています。
そういう意味では、完全なカジュアルゲームではなく、ミドルコアとカジュアルの間を意識したゲーム作りに臨んでいるかもしれません。
——今後の展望について教えてください。
スタジオ名の通り、我々は「We Are All Buddy’s」というメッセージを掲げています。これは、会社で一緒に働く同僚や協力会社、そして我々が手掛けたゲームで知り合うユーザーなど、それぞれがBuddyのような関係を作ってもらうことを目標としています。
自分たちが生み出したコンテンツによって、世界中の人たちが密な関係性になれば、本当に素敵なものだと感じています。だからこそ、同じ業界同士でもギクシャクしたこともあまりしたくないですし、競争意識を持って取り組むのもちょっと違います。
“Buddyがゲーム業界全体を盛り上げる拠点にすること”を最終的なゴールに据えて、今後もさまざまなゲームを世に送り出していきたいと思います。
企画・取材・執筆:原孝則