『Ash Tale~風の大陸~』 レッドオーシャンで戦略スキーマを磨き上げる

スマホ向けMMORPG市場をヒット作から紐解く。本稿は前身サイトのインタビュー記事の再掲となります。

『Ash Tale~風の大陸~』 レッドオーシャンで戦略スキーマを磨き上げる

従来スマートフォン向けMMORPGは中国、韓国が中心でしたが、ここ数年でその人気は日本にも影響を及ぼしています。

国内セールスランキングでは『リネージュ2 レボリューション(リネレボ)』(ネットマーブル, 2017年)、『黒い砂漠 MOBILE』(Pearl Abyss, 2019年2月)など、リッチでリアルな表現を特長とするMMORPGが度々上位にランクインするようになり、PCや家庭用ゲーム機に匹敵するゲーム体験をスマートフォンで楽しめる時代となりました。

一方、同じMMORPGでも、『ラグナロク マスターズ』(ガンホー・オンライン・エンターテイメント, 2019年6月)、『メイプルストーリーM』(ネクソン, 2019年4月)のように、手軽さと可愛らしさを際立たせたタイトルもあります。国内製としては『剣と魔法のログレス いにしえの女神』(マーベラス, 2013年)も挙げられます。

これらは「生活系MMORPG」とも呼ばれ、バトルは比較的難易度が低く、ユーザー同士のコミュニケーションを交えつつ、「釣り」「農園」「自室の飾り付け」といったアクションを楽しむことを主な目的としています。『Ash Tale~風の大陸~』も生活系MMORPGに該当します。

生活系MMORPGは、そのキャッチーな見た目とは裏腹に、運営は難しい。

『リネレボ』のようにハードコア層の集まるタイトルであれば、ユーザーは自発的にシステムを理解しようと努め、育成に励み、バトルに参加するでしょう。有償アイテムの購入にも積極的です。

ところが、生活系MMORPGのユーザーはライトゲーマーが多いため、離脱しやすく、ARPUは低い。明快なゲームシステムも親しみやすい反面、サイクルが単調で、やり込み要素が不足しがち。

さらに競合相手も手強い。同じジャンルの『ラグナロク マスターズ』『メイプルストーリーM』は元々PC向けのMMORPGとして国内でもよく知られています。また、アバターを装着してコミュニケーションを楽しむという点では、『ポケコロ』(ココネ, 2011年)のような非ゲームアプリも競合に挙げられるでしょう。

このような状況から、MMORPGを運営する各社はTVCMなどの大々的なプロモーションを展開し、知名度向上と新規ユーザーの獲得に乗り出しています。

しかしながら、非常に興味深いのは、生活系MMORPGで今最も勢いのあるタイトルが『Ash Tale~風の大陸~』であるという事実。

運営の難しいジャンルで、ブランド力もそれほどではなかったにもかかわらず、国内AppStoreゲームカテゴリのセールスランキングで最高7位を記録しました。配信開始から4ヶ月が経過しても人気は全く衰えず、2019年8月の月間平均順位は34位に。(スパイスマート調べ)

【本作と同時期にリリースされた代表的なスマートフォン向けMMORPG】
■メイプルストーリーM(2019年4月9日配信)

提供元:ネクソンDL順位:最高1位/セールス順位:最高5位

■リネージュM(2019年5月28日配信)

提供元:NCジャパンDL順位:最高1位/セールス順位:最高42位

■ラグナロク マスターズ(2019年6月4日配信)

提供元:ガンホー・オンライン・エンターテイメントDL順位:最高2位/セールス順位:最高24位

では、この厳しい環境下で『Ash Tale~風の大陸~』はなぜ成功することができたのでしょうか。運営会社X-LEGEND ENTERTAINMENT JAPANの大橋洋祐氏、三室美紅氏に話を聞きました。

 

生活系MMORPGとしてのポジショニング

【大橋 洋祐】
X-LEGEND ENTERTAINMENT JAPAN オンラインゲーム事業本部 Mobile運営部 課長。『Ash Tale~風の大陸~』日本統括ディレクター。ゲーム内施策の企画、運営方針の策定、スケジュール管理など業務は多岐にわたり、同社のモバイルタイトル複数に携わる。

【三室 美紅】
X-LEGEND ENTERTAINMENT JAPAN オンラインゲーム事業本部 Mobile運営部 マーケティング担当。『Ash Tale~風の大陸~』の立ち上げから関わるマーケティング担当者。主に事前登録プロモーションをはじめ、リリース後のSNS施策・広告宣伝などを担当している。

『Ash Tale~風の大陸~』は2019年4月25日に配信を開始しました。丁度、スマートフォン向けMMORPGのリリースラッシュ真っ只中にあたる時期です。

当時は『リネージュM』がリリース直前からTVCMを放映し、ジャニーズ事務所の東山紀之さんを起用したことで注目を集めました。一方、『Ash Tale~風の大陸~』はデジタル広告とSNSによる地道な宣伝活動を続けていました。広告投資の規模は比べるべくもない。しかし、大橋氏はこの動向を脅威ではなく、むしろチャンスだと捉えていました。

大橋:美麗・リアル系MMORPGのリリースが続いたので、むしろチャンスだと思いました。事前プロモーションの段階から、(美麗・リアル系のMMORPGとの)差別化を強く意識していました。

この方針は広告クリエイティブに強く反映されました。

三室:WEB広告では、MMORPGというジャンルであることはあえて控え、バトル要素よりも可愛らしさを主軸とした情報発信を心掛けました。その結果、予想以上のリーチを獲得し、事前登録者数を大きく伸ばすことができました。世界観に惹かれたという方が多かったようです。

上図:『Ash Tale~風の大陸~』のWeb広告用クリエイティブ

大橋氏の言うとおり、「大人数のマルチバトル」「派手なアクション」「やり込み要素」「難易度の高さ」といった要素を他社が喧伝するほど、かえって『Ash Tale~風の大陸~』は生活系MMORPGとしての訴求力を増していきました。

加えて、キービジュアルも変更。台湾版では壮大な冒険を予感させるグラフィックでしたが、国内版はキャラクターと絵本のような柔らかい雰囲気を前面に押し出したものになっています。

▲台湾版キービジュアル
▲日本版キービジュアル

『Ash Tale~風の大陸~』の差別化戦略が優れているのは、プロモーションのみならず、ゲーム内施策にまで徹底されている点です。

一般的に、MMORPGのマネタイズでは武器またはキャラクターのガチャが欠かせませんが、『Ash Tale~風の大陸~』ではそのどちらも実装されていません。常設のガチャは「アバター」、「背中(背面用アバター)」、「カード(※)」の3種、期間限定ガチャは1~2種で「乗り物」など特殊なアバターが提供される場合が多い。

※カード…装備すると、ステータス向上、特殊スキルの習得等の効果を発揮するアイテム。

なお、アバターに性能差は無いため、アバターガチャ(「背中」ガチャ含む)は武器ガチャの代替とはなりません。また、「カード」はプレイヤーのバトル能力を向上させるアイテムですが、売上への寄与は意外にも限定的です。調査ツール「LIVEOPSIS」では各種施策とランキング推移を以下のように示しています。

黄緑:カードガチャ施策、ピンク:アバターガチャ施策(色分けは筆者による)

LIVEOPSISでは、上半分の折れ線グラフがApp Storeゲームカテゴリ内における順位の変動を示しており、青色の線がダウンロードランキングの順位を、赤色の線がセールスランキングの順位を意味します。下半分にはゲーム内施策の内容と実施期間が表示され、施策と順位の変動を比較することができます。

先程の図は、『Ash Tale~風の大陸~』において「カード」ガチャが投入された時期をLIVEOPSISで調査して得られた結果です。これを見ると、順位が大きく上昇しているのはアバターガチャを投入したタイミング(ピンク色)であり、「カード」ガチャ(黄緑色)は順位を動かすほどの影響は及ぼしていないことがわかります。

つまり、『Ash Tale~風の大陸~』で主要な収益源となっているのはアバター。言い換えれば、ユーザーの関心はバトル性能(「カード」)ではなく、見た目(アバター)にある、ということにもなります。

この課金体系とガチャ施策は、他社MMORPGが訴求する大規模マルチバトルよりも、「多くのプレイヤーと同じ世界観をのんびり楽しむ」という生活系MMORPGならではのコンセプトを優先した結果です。

運営チームはユーザーのニーズを正確に把握しており、アバターのガチャ施策に注力しています。『Ash Tale~風の大陸~』ではほぼ1週間に1度のペースでガチャ施策を実施し、新しいアバターが毎週追加され、その度にセールスランキングの順位が上昇しています。

このようなケースは非常に珍しい。ガチャ施策としては頻度が飛び抜けて高く、かつ、空振りなく売上に寄与できている点は注目に値するでしょう。ガチャ施策について大橋氏は次のように話しています。

大橋:CBTの段階で、日本のユーザーがアバターを強く好む傾向があることは既にわかっていました。そこで、アバターのラインナップは常に鮮度を保てるよう、1週間に1回、新しいアイテムを追加しています。

本国(台湾)はもっとサイクルが長いのですが、日本のユーザーのペースに合わせた運営を考えて今の形になりました。きめ細かい改善が継続的なログインを促し、今回のヒットに繋がったと考えています。

このように、『Ash Tale~風の大陸~』の成功要因は運営サイクルのスピードアップにありました。彼らの強みは、国内市場を熟知した少数精鋭の運営体制と、本国の開発部門によるバックアップによって支えられています。

「どうすれば受け入れられるか」を熟知する国内チームと、「日本のトップタイトルに匹敵するMMORPGを作りたい」という現地のクリエイターが、互いの異なる戦略スキーマ(考え方の枠)を融合させ、生活系MMORPGとしての競争優位性を一早く生み出したのです。

三室:(日本語版の運営方針に対して)開発スタッフはとても前向きに対応してくれています。もちろん、私たち日本の運営チームも、ただ改修を指示するのではなく、改修が必要な理由を日本の市場背景と共に伝えるようにしています。運営も開発も円滑に進行しており、本国から多大な協力を得ることができています。

競合他社に学び、戦略スキーマを磨く

今回のケースで成否を分けたのは、異なるスキーマと多くの接点を持ったことでしょう。

台湾と日本、開発部門と運営チーム、そして多数の競合他社。『Ash Tale~風の大陸~』は常に異質な他者(他社)に囲まれ、時に対話を要し、マーケットでは競争が生じました。しかし、それらは必ずしもマイナスに作用しなかった。

自分(自社)とは異なるスキーマに遭遇するたび、私たちは「何が違うのか」「どう違うのか」と問わずにはいられません。結果的に、『Ash Tale~風の大陸~』は自身のコンセプトを省察する機会に恵まれ、彫琢の末に「多くのプレイヤーと同じ世界観で穏やかな生活を楽しむゲーム」という新たなスキーマを編み出すに至ったのです。

アップデートされたスキーマでは激しい市場競争ですらチャンスとして映ります。彼らのスキーマがいかに独特かはこれまで述べてきたとおり。直近ではTwitter上で実にユニークな投稿がありました。

▲新職業「サモニャー」実装の告知ツイートと、その後のタイムライン

猫型のキャラクターを召喚できる職業「サモニャー」が実装された時のツイートで、Twitter担当者が愛猫の写真をアップロードしました。このツイートをきっかけにフォロワーから多くの猫画像が寄せられ、タイムラインは大いに盛り上がりました。

もちろん、写真の猫とゲームの内容に直接の関係はない。が、やはり「プレイヤーと穏やかな生活を楽しむ」という点においてはゲームのコンセプトが通底しており、このような内容を自然にツイートできるという事実が『Ash Tale~風の大陸~』独自のスキーマを示唆しています。

市場競争とは、「ものの見方」を再構成し、発見するプロセスでもあります。ゲームビジネスには今、あえてレッドオーシャンに飛び込み、独自のスキーマを磨き上げる覚悟が求められています。

参考文献:新宅純二郞・淺羽茂 編(2001年)『競争戦略のダイナミズム』日本経済新聞社

取材・企画・執筆:原孝則、編集・執筆:神谷美恵
企画協力:株式会社スパイスマート