国産ソロ専用RPG『アナザーエデン』が海外でもヒットした背景
日本から海外へ。開発・運営・マーケをほぼ国内で内製したWFS。海外ユーザーの意見をキャッチアップし国内版に反映するケースも。
2017年4月にリリースされたスマートフォン向けRPG『アナザーエデン 時空を超える猫』(開発:WFS)。一般的なソーシャルゲームに実装されている他プレイヤーとの共闘・交流機能を廃し、ソロプレイ専用RPGとして打ち出すだけではなく、古き良き2Dグラフィックや手に汗握るバトル、重厚なストーリーをスマートフォン上で楽しめるなど、国内のゲームファンから絶大な支持を得ている。
リリースから5年目を歩む現在でも、セールスランキングの上位にランクインするなど、その人気は衰えることを知らない。
また、海外版もアジアや北米を中心に好調だ。国内のヒット作でも、いざ海外に展開すると、国民性や文化の違い、ビジュアル・シナリオの趣味趣向で受け入れられず、ヒットに恵まれないことは往々にしてある。
しかし、WFSでは内製を軸にしたローカライズ・カルチャライズを徹底しただけではなく、ユーザー動向のレポーティングやコミュニティマーケティングなど、すべて日本の社内から海外に向けて発信している。こうした組織体制や業務の構築は、どのようにして海外版『アナザーエデン』に寄与したのか。ふたりの担当者にお話を聞いた。
企画・取材:原孝則
執筆・取材:島中一郎
撮影:岸波崇
日本から海外へ。開発・運営・マーケをほぼ国内で内製
――本日はよろしくお願いします。『アナザーエデン 時空を超える猫(以下、アナザーエデン)』は国内版が2017年4月12日、海外版が2019年1月29日、中国版が2020年11月5日にそれぞれ配信が開始されました。海外展開について、当時の反響はどのようなものでしたか。
吉崎:海外メディア記事への掲載も多く、リリース当時から注目されていました。MMORPGや対人ゲームが好まれるアジア圏では、JRPG(※日本発のRPG)は他のタイトルにはない新鮮さがあり、ポジティブな感想が寄せられました。
――Free-to-playで運用型のソロプレイ専用RPGは当時では珍しく、注目度も高かったと思います。御社(親会社グリー)の2020年6月期 第2四半期の決算説明会(関連資料)では、海外版『アナザーエデン』の2019年11月~12月の売上高が、約2.7倍だったことが発表されました。
同時期には『ペルソナ5』とのコラボや新章追加などの大型アップデートも行われ、海外ユーザーから本作に対する注目度を大きく集める結果に繋がったという印象があるのですが、いかがでしょうか。
吉崎:そうですね。コラボや大型アップデートが奏功したと思っています。そのほかSNSの施策やファンミーティングなど、ユーザーとの交流を積極的に行っていたことも、認知度を高めるきっかけになりました。
たとえば、台湾では生放送番組の配信は1年以上続けていますが、毎回コアユーザーの方に出演していただき、番組視聴者(既存ユーザー)が共感を抱きやすいような構成にしています。こうした積み重ねも、海外版の人気の下支えになっています。
――生放送にユーザーを招待するのですね。国内の取り組みではなかなか見られないですが、その背景については。
吉崎:国内と異なり、海外の生放送ではどうしても開発・運営スタッフが出演するのは難しいです。せっかくの生放送のため、ただ新情報を”お知らせ”するのではなく、少しでも『アナザーエデン』の深い内容を伝えるためにコアユーザーを招くことを考えました。
視聴者には熱心なユーザーもたくさんいらっしゃるので、攻略テクニックを参考にしたり、ユーザー代表の出演者の意見に共感したりと、親しみやすい内容になっていると思います。番組を開始してから1年以上経過していますが、ほぼ毎回ユーザーさんにご出演いただいていますね。
――『アナザーエデン』を知らないタレントを並べるより、コアユーザーが出演するだけでも番組として安心感がありますよね。定期の生放送にユーザーを招待するのは、国内ではなかなか事例はありません。運用はどのようにされているのでしょうか。
吉崎:実際の生放送では、台湾のパートナー会社に協力いただき、台北のスタジオで収録しています。
――本作の海外展開について、開発・運営(ローカライズ・カルチャライズ含む)やマーケティングに至るまで、ほぼ日本本社で内製していると聞き及んでいます。海外版は現地の企業と協業して打ち出す事例も多くありますが、これらの方針は企画当初から決まっていたのでしょうか。
山田:はい。『アナザーエデン』ではシナリオやキャラクター、音楽に至るまで高品質な価値を提供しています。海外ユーザーにも同等のクオリティを丁寧かつ素早く提供するためには、どうしても内製の方が開発・運営が展開しやすいという考えがありました。
――開発・運営を内製することで、スピード感ある取り組みができたということですね。海外版を展開するにあたり、レベルデザインの変更やストーリー、キャラクターの表現など、変更を加えた部分はありましたか。
山田:基本的に変更はありません。国内版と同じ内容を海外ユーザーにも楽しんでいただくことを第一に考えています。ただし、国内イベントを後追いする形ばかりになりますと、海外ユーザーの興味関心がどうしても薄くなってしまいますので、コラボイベントを世界同時開催するなど、さまざまな施策を取り入れるようにしています。
――世界同時でイベントを開催するというのは、かなりのインパクトがあったのではないでしょうか。海外ユーザーからの反応は、どのようなものがありましたか。
山田:海外ユーザーからは「(日本版にも無い)知らないコンテンツをプレイするのは初めてだ!」という喜びの声を多く届きました。WFSではプロデューサーはもちろんのこと、メンバー全員が、「世界中の人に新しい驚きを届ける」というポリシーを持って開発に臨んでおり、その思いが強かったからこそ実現ができたイベントだったと思います。
吉崎:同時開催以外では、過去に新キャラクター「メリッサ」を海外向けに先行実装したケースがあり、こちらも海外ユーザーからの反響は大きかったです。
――海外ユーザーも、まさか海外先行でのキャラクターが登場するなんて思わなかったでしょうから驚いたかと思います。日本ユーザーにとっても、「次のイベントでこのキャラが実装されるかもしれない」という、期待に繋がりますね。
吉崎:海外先行で実装したキャラクターについても、発表のタイミングを活かしつつ、国内ユーザーに届けることができました。国内外ともに盛り上がった、良い施策になりました。
山田:「メリッサ」の先行実装は、私が海外版のプロデューサーに就任する前のイベントであり、「(海外版の運営について)引き続き頑張らないといけない」と、思いを強くした部分でもあります。
――イベント実装はもちろんですが、ユーザーに向けて情報を発信する段階でも、国内・海外の同時展開は難しい部分があったかと思います。
吉崎:はい。ただ、ローカライズやプロモーションを内製で行っているからこそ、企画をスピーディーに進められたと思っています。
山田:そうですね。社内にパブリッシングチームやコミュニティチームを設置していなければ、実現は難しかったかもしれません。
海外ユーザーの意見を国内版に反映するケースも
――2021年3月31日には、Steam版の配信を開始されました。
山田:そうですね。これは1人でも多くの皆様に『アナザーエデン』というコンテンツを楽しんでもらいたい思いから、プラットフォームの追加を決定しました。
欧米のゲームユーザーの中には、『アナザーエデン』のような作り込んだRPGでも”スマホゲーム”というだけで敬遠される方もいらっしゃいます。そうしたユーザーに対しても、Steamというプラットフォームを通すことでアプローチができたと思っています。
――Steamを通して、新しいユーザー層が獲得できた可能性もありますね。海外ユーザーと国内ユーザーとでは、男女の比率差や年齢層の違いなどあるのでしょうか。
山田:そこまで大きなズレはないという印象です。本作は、JRPG好きな海外ユーザーに受け入れられており、楽しみ方は国内外において差はあまり無いですね。
――そうした海外ユーザーの反応については、どのようにキャッチアップされていますか。
吉崎:主にSNSが中心です。カスタマーサポートにメールを送ったり、公式のTwitterにリプライを送ったりする熱量の高いユーザーの意見にも目を向けながらも、ちょっとした不満をSNSで呟いたり、掲示板に投稿したりする方たちの声なども確認するようにしています。
弊社のコミュニティチームのスタッフは、国・地域ごとに担当が決まっており、各国のユーザーの文化や言動(意見)についても日々調べてレポート・共有するようにしています。
――国ごとでユーザーの考え方や社会情勢、文化が異なるのでご苦労があるかと思います。
吉崎:そうですね。ただメンバーはとにかく勤勉で、仕事も早く助けられています。
出社して各担当の国・地域のSNSをチェックして全体の意見を把握して報告を行うという流れが、極めてスピーディーに行われていきます。そこから、対応を行う順番や優先度について話し合いを行い、国内の開発現場にも情報を伝達していくといった流れです。
――このスピード感が内部にローカライズ及び海外コミュニティチームが在る強みですね。ちなみにコミュニティマネージャーには、各国のSNSの雰囲気やトレンド把握も求められるのでしょうか。
吉崎:はい。SNSの内容にはスラングもあり、冗談なのか本気なのかといったニュアンスが、自動翻訳では把握しづらい部分があります。ユーザーが具体的に何を考えているのか、各リージョンのコミュニティマネージャーが正確に把握したうえで、報告してもらうようにしています。
――韓国のコミュニティにて、とあるユーザーが「『アナザーエデン』の攻略サイトをポートフォリオとして提出したことが就職に繋がった」ことを報告し、それに対して公式アカウントが祝福のメッセージを送ったというケースがあったと伺いました。運営側がユーザーのコメントにどこまで干渉するのか、各国のリージョンのコミュニティマネージャーの方が判断するということですね。
吉崎:ええ。プロデューサーに相談をするケースもありますが、コミュニティマネージャーから提案をしてもらうといった場面が多いですね。
――海外ユーザーからのコメントを通して、国内版のSNSの施策の変更や開発の修正、意見の反映を行ったという事例はありますでしょうか。
吉崎:海外ユーザー向けに、SNSでスマホの壁紙の画像を投稿していたのですが、国内ユーザーからも反響があったことがありました。そこで国内マーケティングの担当者と相談し、日本でも同じ施策を行うようにするなど、良い相互作用を生んだケースがありました。
山田:海外ユーザーの意見を取り入れていくうちに、国内ユーザーのニーズに似通っているものがあるという、気づきがありました。というのも、海外ユーザーの意見を取り入れたアップデートは、国内でも喜ばれるケースが多くあったのです。
――具体的にどのようなものでしょうか。
山田:いろいろありますが、 ひとつは操作性や手触りです。操作していて遊びやすいUIや感度になっているのか、海外ユーザーの意見も取り入れながら調整したことがありました。
海外における”JRPG”の需要とは
――ローカライズや海外コミュニティチームを内製化する別のメリットとして、海外ユーザーの反響や熱量を開発チームに伝えやすいというものもあるのではないでしょうか。吉崎さんがその橋渡しを担っていることで、開発・運営チームは海外ユーザーの状況を把握することができ、現場にもポジティブに作用するのではないかと思います。
吉崎:それはあると思います。弊社は海外展開に力を入れていますが、どうしても国内ユーザーの声のほうが見えやすいですよね。そういう意味では、各国の担当者がユーザー状況やトレンドをレポーティングして報告するのは海外版の反響を可視化できていると思います。
山田:先ほどのアップデートもそうでしたが、海外ユーザーの声を社内で共有することで現場の新しい気付きにも多々つながります。国や地域は異なるかもしれませんが、みなさん同じ”ユーザー”ですので、今後も海外含めた聞き取りを増やしていければと思います。
――些細な取り組みかもしれませんが、結果的に海外版の先行キャラクター実装やアップデートなど、開発・運営の現場を動かすきっかけにつながったのかもしれません。国内版をただ後追いするのではなく、海外ユーザーの意見のキャッチアップも同時に展開されています。
吉崎:そうですね。ただ、どうしても(施策の)同時リリースは翻訳者さんにとって大変そうですが(笑)。
――JRPGは世界規模で見ると珍しく、独自性が強いコンテンツではあると思います。グローバル展開において、JRPGジャンルの需要が上がっている印象はありますか。
山田:世界的なJRPGの盛り上がりが、元々ゼロではなかったと思っています。「ファイナルファンタジー」シリーズや「ドラゴンクエスト」シリーズといったJRPGの根強い人気が世界中にあった中で、スマートフォンを媒体とする『アナザーエデン』が、上手く海外需要にハマったという印象が強いですね。
――昔、本作のアプリストアのスクリーンショットにおいて、コンシューマタイトルのパッケージの裏側のようなデザインが採用されていたことがありました。これは往年のRPGタイトルを遊んだことのあるユーザーだけが分かるポイントでもありますね。海外でのマーケティングを行う上で、JRPGというキーワードをかなり重視しながら展開されている印象があります。
山田:そこが『アナザーエデン』の一番の強みだと思っています。キャラクター造形やストーリー、人気の高い声優が起用されているかなど、国ごとに好みの違いはあると思っていますが、ノスタルジックなゲーム体験がスマホで楽しめるというのは、世界共通で評価が高い部分です。
――なるほど。ちなみに、IPタイトルの海外版運用について、版元のチェックはどのように行っているのでしょうか。
吉崎:原作者を含め版元とは密接な関係を築いており、海外版運用について柔軟に対応してもらっています。ゲームのコミュニティの強化はIPの価値を高めることにも繋がりますので、連携を強固に行っている部分です。
――最後に今後の海外版の展開について、お話しいただければと思います。
山田:「世界中の人に新しい驚きを届ける」というのは、弊社のポリシーでもあり、プロデューサーとしても特に力を入れている部分です。引き続き、海外ユーザーに新しい驚きをお届けすることを第一に、開発・運営を進めてまいります。
吉崎:世界は広いですので、『アナザーエデン』のファンを増やせる余地はまだまだあると思っています。リアルイベントや開発チームとのコミュニケーションの場など、作品をもっと身近に感じてもらえるような取り組みを実施していきたいと考えています。引き続き、よろしくお願いいたします。
――本日はありがとうございました。
企画・取材:原孝則
執筆・取材:島中一郎
撮影:岸波崇