ACとSwitchでWヒット『釣りスピリッツ』 子供ゴコロをワシ掴みにする驚異の商品力
AC版は全国約1,500台稼働、Switch版は累計出荷数70万本達成。確かな商品力としたたかな戦略で成功を掴むまで、9年間の経緯を詳しく伺った。
コロナ禍で苦境が続くアーケードゲーム。しかし、この逆境の中で大ヒットを記録した意外なタイトルがあります。それがキッズ向けメダルゲームの『釣りスピリッツ』。2012年の稼働開始から堅実な運営を続け、Nintendo Switch版は累計出荷数70万本を達成。その人気は今や全国区へと波及しつつあります。
このブームを仕掛けたのは、バンダイナムコアミューズメントのヒットメーカー・小山順一朗氏と、その右腕であり現プロデューサーの齊田 一統氏。確かな商品力としたたかな戦略で成功を掴むまで、9年間の経緯を詳しく伺いました。
企画・取材:原孝則
執筆:神谷美恵
取材協力:島中一郎
撮影:大塚まり
『釣りスピリッツ』強みは抜群の商品力
――『釣りスピリッツ(以下、釣りスピ)』の稼働開始は2012年の11月。今年で9周年を迎え、ロングセラータイトルとなりました。
小山:お陰様で現在は全国約1,500台が稼働しています。席数で換算すると約10,000席ですね。これだけ席数があっても休日には大勢の親子連れが詰めかけ、大型イベントの出展時では120分待ちの行列となることもあるんですよ。
――お二人の『釣りスピ』におけるミッション、主な役割についてお聞かせください。
小山:まず僕が『釣りスピ』のコンセプト作りを担当しました。そこから実機の開発に取り掛かるまでに色々なプロセスを経て、リリースから2013年までの立ち上げ期にプロデューサーとして参加しました。
齊田:僕は小山と一緒にいくつかプロジェクトを経験した後、2013年に小山から『釣りスピ』のバトンを渡される形でプロデューサーに就くことになりました。プロダクトのライフサイクルで言うと、小山が立ち上げ期を、僕は成長期をそれぞれ担当し、今に至ります。
――2019年に発売されたNintendo Switch版『釣りスピ』も、累計出荷数70万本を超える大ヒットとなりましたね。
齊田:初動はまずまずで、その後はいわゆるジワ売れのパターンで、発売から約10ヶ月後に累計50万本を突破、今年3月の時点で60万本を超え、販売目標を大幅に上回る結果となりました。
小山:Nintendo Switch版の開発はエンターテインメント(バンダイナムコエンターテインメント、コンシューマー向けゲーム開発を中核とするグループ会社)から打診があったんですが、非常に良いタイミングで声をかけてもらったなと。
齊田:そうですね。運営7年目にして転機が訪れたというか。『釣りスピ』がこんなに人気を集めていたとは知らず、社内で僕が一番驚いていたくらいです。
小山:『釣りスピ』のヒットはバンナムグループ全体の意識を変えたといっても過言ではないでしょう。しっかり考えてから作れば、こういうゲームも確実に売れるんだと。それぐらいのインパクトがありました。
――Nintendo Switch版の成功は、『釣りスピ』にどのような変化をもたらしたのでしょうか。
齊田:運営に対する姿勢は大きく変わったと思います。まず、子どもたちの実態をもっと深く理解しなければと考え、1年以上かけて大規模なユーザー調査を全国各地で実施しました。
もうひとつはプロモーションですね。2019年末頃に専任スタッフ2名にジョインしてもらい、『釣りスピ』は初めて本格的なマーケティングに取り組むことになりました。その施策の内の1つが、他社様とのコラボです。
2021年3月には、バンダイナムコエンターテインメント側が主導でNintendo Switch版で回転寿司のスシローさんのご協力をいただき、「スシローコラボステージ」を追加しました。お寿司のネタをコラボステージで釣り上げようというゲーム内企画で、期間限定の特別ステージにマグロ、ブリ、タイといった魚が次々に登場し、釣り上げるとおなじみの人気寿司へと変身します。実はカッパもたまに出てきて、釣り上げるとちゃんとかっぱ巻きになるっていう(笑)。
2021年8月にはバンダイナムコエンターテインメントと弊社共同で築地銀だこさんとのコラボキャンペーンを展開しました。築地銀だこさんで24個入りのパックをお買い上げいただくと、釣りスピ仕様の特別パッケージで提供されるという企画です。食べ終わった後はそのパッケージで釣り遊びが楽しめるようになっています。また、購入時に「『釣りスピ』プレイ引換券」を配布し、お客様を『釣りスピ』設置店へと誘引する導線を設計しました。
――銀だこコラボは導線が非常に良いですね。家族や友人と一緒にたこ焼きを食べて、そのまま皆でゲームセンターへと立ち寄りたくなります。
齊田:『釣りスピ』のロケーションは、大手スーパーマーケット系列のショッピングモールが全体の30〜40%を占めています。
広大な敷地に、子供服を含むアパレルブランド、家具・家電、生活雑貨、食料品などの店舗が立ち並び、フードコートを備えるようなモールですね。ご家族でいらっしゃるお客様が多いので、施設内か近辺には大抵スシローさんや築地銀だこさんが出店していて、異業種でありながら、地の利を生かした施策を展開することができました。
――オンラインの施策はいかがでしょうか。
YouTubeも昨年公式アカウントを開設したばかりで。アミューズメント施設向けのキッズメダルゲームとしてはあまり前例のない新しい取り組みなので、とても新鮮ですね。
――モバイルゲームでは特にそうですが、配信開始から半年ほどでキャズムに陥り、1年目を過ぎたあたりで撤退を余儀なくされるというケースがよく見られます。キャズム越えはマーケティングの大きな課題のひとつですが、『釣りスピ』はどのように対応されたのでしょうか。
小山:アーケードゲームは比較的プロダクトライフサイクルが長いので、モバイルゲームと同じ時間軸でお話しするのは難しいところですが、『釣りスピ』がこれまでプロモーションに積極的でなかった理由はただ一つで、『釣りスピ』は稼働開始から9年間、インカム(機器に投入される硬貨またはメダルによる収益)がずっと右肩上がりでやってこれたんですね。
キャズムに陥ってからあわてて販促をやるのではなく、キャズムを越えられるだけの確かな商品力を持つゲームだけを世に送り出す。だから僕たちはこれまでキャズムを感じたことがありません。
齊田:インカムはコロナ禍でと減少した時期があったものの、現在は回復傾向にあります。稼働以来、テコ入れもなく、地道にアップデートを続けてきました。小山の言う通り、商品力のあるゲームとは極めてレジリエンスに優れ、市場の悪影響を受けにくいものなのだと思います。
キッズ向けメダルゲームという“矛盾”
――では、『釣りスピ』の商品力はいかにして磨き上げられたのでしょうか。
小山:これは僕のメソッドなんですが、開発の前から入念に仮説と検証を繰り返すんです。どのくらい入念かと言うと、企画として正式決定するまでに全部で11ステップもあります。
齊田:今だから言えますけど、最初は社内でも理解を得られなくて苦労しました。「なぜ今時釣りのゲームなのか」と何度も聞かれて。あと、「ニモ(※)みたいなキャラクターがいないとダメだ」とか。
※ニモ:ディズニー映画『ファインディング・ニモ』(2003年)に登場するカクレクマノミのキャラクター。小山:まぁそうなるでしょう。キッズ向けのメダルゲームなんて、これまで大した事例がありませんからね。
――というのは?
小山:まず、アーケードゲームの主戦場は何と言ってもプライズで、ここは年齢を選びません。キッズ向けに限定すると、安定して人気を集めているのが、セガさんの『ムシキング』シリーズ、タカラトミーさんの『プリパラ』シリーズに代表されるカードゲームです。
次に、若干年齢が高くなりますが、プリ機も人気があります。プリ機は弊社も何機種か出してましたけど、ここもセガさん、フリューさんなど競合他社がひしめきあい、完全にレッドオーシャンと化しています。
一方、キッズ向けのメダルゲームは弊社を含めてどこの会社も、これといったタイトルを出せていませんでした。
――つまりキッズ向けメダルゲームはブルーオーシャンだったのですね。
小山:そう思いますよね。でも、ブルーオーシャンなんて聞こえは良いですけど、実際は誰も手を付けないような不毛のジャンルでした。
メダルゲームを遊んだことがある人ならわかると思うのですが、有り体に言えば、あれは擬似ギャンブルゲームです。年齢制限こそないものの、ゲーム性はパチスロ、競馬、カジノゲームなどを模したものが多く、機種によっては射幸心を煽る演出もあります。
かといって、射幸性を抑えるためにメダルの払い出しを増やせば、オペレーターさんの収益が確保できなくなってしまう。あちらを立てればこちらが立たずで、一向にビジネスとして成立しない。それがキッズ向けメダルゲームが抱える、致命的な矛盾なんです。
――その矛盾を唯一解消できたのが『釣りスピ』だった。
小山:そう自負しています。運営9年目、設置台数1,500台という実績が何よりの答えだと思います。
――長年の難題に対して、解決の糸口となったものは何かありますか。
小山:先程お話しした11のステップの内、僕が重視しているのは行動観察と仮説立案です。『釣りスピ』も、まずメダルゲームを遊ぶ子どもたちの観察から始めました。そして、観察からわかったのは、メダルゲームをやる子供はギャンブルを楽しんでいるわけではない、という予想外の事実でした。これは大発見でしたね。
齊田:子供がメダルを投入してボタンをバンバンひっぱたいていたとしても、それはギャンブルに熱中しているわけではありません。我々大人の視点からそう見えるというだけで。
実際に子どもたちに話を聞くと、「でも、アタリかハズレかはどうせ機械が決めちゃうんでしょ」「(同じ金額で)他のゲームより長く遊べるからやってる」という回答がちらほら出てきました。
子供はメダルゲームのギャンブル性に対して案外クールなんです。大人ほど射幸性に刺激されないのは、おそらく、メダルを増やせるかもしれないという期待感よりも、コスパというか、費用対滞在時間を重視しているからなのだと思います。小山からこの話を聞いて、得心がいきました。
――メダルゲームは運次第でメダルがザクザク獲得できるから盛り上がるのだと思っていましたが、むしろ子供はメダルゲームにそれほど期待していない、ということでしょうか。
小山:手持ちのメダルが増えた時、大人は“勝った”と喜ぶけど、子供は勝利としてカウントしていません。齊田くんが言っていたとおり、費用対滞在時間の延長、つまり“もう一回遊べるぞ”として受け止めている。当たって嬉しくないわけじゃないけれど、大人ほどギャンブル性に興奮しないのです。
――なるほど。「メダルゲームをやる子供は、ギャンブルを楽しんでいるわけではない」というのはそういった子供のインサイトを示していたのですね。
小山:行動観察でインサイトを探るにしても、ただぼんやり眺めていてはダメです。専門知識やら常識やらを一旦全部手放して、子供の行動原理がどこにあるのかをよく考えながら見ないと。これがとっても難しい。
僕が観察したところでは、キッズ向けメダルゲームの平均プレイ時間は1台あたりわずか48秒でした。この事実を色々な人に話したんですが、子供はそんなものだとか、子供は飽きっぽいから、などと言われるばかりでした。いやいや、そうやって大人視点で子供を軽々に断じてはいけないのです。
子供は時として、大人がついていけないくらい長時間没頭し続けることもあるのに。
――確かに私も子供の頃、親から「何が面白いの」って言われるようなことに喜々として取り組んでいたように思います。練り消しをいじくったり、セミの抜け殻を集めたり。
小山:その「何が面白いの」がものすごく重要なんです。
『マリオカート(マリオカートアーケードグランプリデラックス)』や『太鼓の達人』はどんなロケーションでも皆大喜びで遊んでいますよ。もう1回遊びたいと駄々をこねる子も多い。少なくとも開始から48秒で立ち去るようなことはない。この行動の差には必ず子供なりの理由があるはずです。そう思いませんか?
――子供なりの理由ですか。単刀直入に伺いますが、それは何だとお考えなのでしょう。
小山:自分の力で勝てるかどうか、これに尽きると思います。『マリオカート』にあって、既存のメダルゲームに無いもの。それは自分の力で勝つ喜びです。
――なるほど。メダルゲームでメダルが増えても、子供はそれを勝利としてはカウントしていないのでしたね。どうせ「機械が決めちゃう」と。
小山:意外な盲点ですよね。我々大人の頭の中では手持ちのメダルの増加と“勝利”が直結している。ギャンブルとはそういうものだから。
それを、子供だって当たれば嬉しいだろう、メダルが増えれば喜ぶだろうと、同じ図式を押し付けてしまっていたんです。子供の本当のニーズに全く応えていない。それがこのジャンルを不毛の地にした一因だと思います。
――ですが、そうなればまた違う問題が浮上してきませんか。手持ち枚数の増加が勝利でないならば、メダルゲームにおける勝利とは一体何なのか。
齊田:実はその質問も開発中に何度も聞かれました。小山が同じ説明を何度も繰り返して……それでも納得してくれる人は少なかったですけど(苦笑)。でも結論を先にいうと、小山は正しかったのです。
社内ではいくつも疑問と不安を投げかけられてきましたが、諸々の問題はモニター向けの試遊会で急転直下、解決してしまいました。試作機といっても、筐体は段ボールのスタッフお手製で、上向きに設置したディスプレイに魚が泳ぐCGムービーが映し出されているだけの、本当に素朴な出来だったんですよ。
にもかかわらず、文句なしの大盛況だったんです。
試遊会で見えた、子供のホンネ
――その試遊会はいつごろのことでしょうか。
齊田:2009年の2月です。当時はまだ『メダルわくわく釣り王国』という仮称で、試遊会には小学校2~5年生までのお子さん8組と、その保護者の方々にご参加いただきました。
試遊会が始まると、すぐに子どもたちがワッとディスプレイの周りに集まって、それはもうはしゃいで。そのうち「この魚は何ていうの?」「あの魚は小さくてかわいいね」というようなやり取りが、子供と保護者の間で自然に生まれていきました。
そうやってワイワイやっているうちに、アクシデントが発生しまして。突然ガシャンと大きな音が。
――えっ、何が起こったのですか。
齊田:モニターの女の子の一人がディスプレイに向かって突然飛び込んだんです。幸い怪我はなかったものの、正直ヒヤリとしました……。それで、「どうして飛び込もうと思ったの?」と尋ねたら、「だって本当の海みたいですごいんだもーん!」って。もう思わず笑っちゃいましたよ。
小山:それを聞いて、コレだ!と確信しました。ディスプレイはバキバキに割れちゃいましたけど(笑)。あるメーカーさんから特別に貸し出していただいた製品だったので、あとで平謝りでした。
齊田:ちなみに、製品版の筐体ではこのような事故を未然に防止するため、モニターは100kgの荷重に耐える非常に頑丈なアクリル板でカバーされています。反射の少ない素材を採用したことでプレイ時の映り込みを大幅に軽減し、モニターを覗き込んだ時に「本当の海みたい」と言ってもらえるような自然な透明感と、お子様への安全配慮を両立させました。
――その試遊会をきっかけに、デザインの方向性が定まったのですね。
小山:それ以降ニモの話が出てくることはありませんでした。「本当の海みたい」の一言が何よりの証拠ですよね。デフォルメされた可愛らしさより、見方によってはちょっとグロテスクな、リアルな生き物としての魚が必要なんだと。
齊田:『釣りスピ』にはドラゴンも出てきますが、魚やカエルの方がずっと人気があります。普通のゲームだったら絶対逆だったと思うんですけど(笑)。
やっぱり『釣りスピ』ではドラゴンよりチョウチンアンコウ(※)なんですね。どっしりとした体つき、頭の疑似餌のような部分で小魚をおびき寄せる狡猾さ、餌を丸呑みにする獰猛な捕食力。子供の目には、その生態がドラゴン以上に“ヤバいヤツ”として映っているんじゃないでしょうか。
この生き物の凄みはアニメ調の表現では絶対に伝わらなかったと思います。しかもドラゴンとちがって、水族館や博物館に行けば本物に会える。チョウチンアンコウのみならず、ダイオウイカやリュウグウノツカイだって子供視点で見れば、会いに行けるモンスターです。
※ゲーム内ではチョウチンアンコウを基にした「モンスターアンコウ」として実装されている。――釣りをモチーフとしているだけあって、豊かな自然そのものがゲームの世界観に繋がっているように感じます。この着想はどこからきたのでしょうか。
小山:僕が目指したのは、メダルの枚数を増やすことが目標ではない、全く新しいメダルゲームです。メダルの増減とゲームにおける勝利が、それぞれ別軸となるようなゲームデザインを考えました。
コストよりも達成が重視されるようにしたかったのです。加えて、子供にも保護者にも馴染みのある体験をテーマにすべきだろうとも考えました。そこから色々とアイディアを絞り出して、「釣り」ならいけるんじゃないかという結論に至りました。
――釣りならルールを説明せずとも誰もがすぐに理解できますね。しかも、釣果は釣り人にとって達成そのものです。
小山:そうなんです。大物を狙うなら、釣り竿もルアーもそれなりに良い物を使おうとするじゃないですか。コストではなく達成が目的になっていると自然にそういう考え方になります。
――既存のメダルゲームの発想だったら、つい海老で鯛を釣ろうとしてしまうところですが。
小山:でも本物の釣り人は決してそんなことはしません。きちんと道具を揃え、釣れるまで何時間でも待ち続ける。釣り上げるまでの長い過程はコストではなく、それ自体が勝負なんです。大物を相手に「自分の力で勝ちたい」という切実な願いを胸に挑むからこそ、釣り上げた時の喜びもひとしおなのでしょう。
『釣りスピ』はその名のとおり、釣り人の魂、釣りの醍醐味をコンセプトに据えて開発されました。子どもたちにはギャンブルではなく、偉大な自然との真剣勝負に勝たせてあげたい。『釣りスピ』が既存のメダルゲームと一線を画すのはそこなんです。
――コンセプトの違いは、子どもたちにどのように受け止められたのでしょうか。
齊田:もう驚くことばかりでした。開発フェーズの後半で何度かゲリラ的にロケテストを実施したところ、事前情報は完全に非公開だったにもかかわらず、子どもたちが『釣りスピ』に次々と吸い寄せられていったんです。どの子も顔を輝かせて、自分から竿型コントローラーを握ってくれて。その光景を目にした時は嬉しいのと同時に、一体何が起きているのかと不思議で仕方ありませんでした。
――『釣りスピ』の持つ商品力の強さがわかりますね。キャズムを越えるだけの力があるというのも納得です。
小山:振り返ってみれば、大人が考える「子供はこういうのが好きなんでしょ」というのは結局ウソばかりでした。僕たちが進むべき道はいつだって子どもたちが行動で示してくれていたんです。その行動の意味を、子供と同じ視点で読み解けるかどうか。そこで商品力の強さが決まります。僕たちクリエイターはそのあたりをもっと努力しなくちゃいけませんね。
大人と子供を取り持つハブとしてのゲーム
――稼働後では何か印象的な出来事はありましたか。
齊田:子どもたちの様子を見て気付いたのですが、メダルを使い切ってしまっても、満足気に帰っていくんです。今までだったら絶対にありえない、大きな変化でした。
というのも、理屈の上では子供がプレイを止めるのは2つのシーンしかありません。ひとつは、増えたメダルに満足して帰る。もうひとつは、メダルが減って飽きてきたから帰る。なのに『釣りスピ』はそのどちらでもない。
――『釣りスピ』はメダルを使い切ってしまっても、心は十分満たされる?
齊田:メダルを使い切ったということは、きっと何としても釣り上げたい大物がいたのでしょう。釣れるかどうかは魚の動き次第ですから、もしかしたら途中で糸が切れて逃してしまったのかもしれません。
でも、表情を見るに、最後のクレジットを使い切るまであきらめず、全力でリールを巻いて勝負ができたんじゃないかと思うんです。真剣勝負だから、負けちゃっても納得感はある。『釣りスピ』のコンセプトが子どもたちにしっかり伝わっているように見えました。
――メダルを使い切っても満足感を得られるということは、メダルを増やそうというモチベーションよりも、最後の1枚まで挑戦したい、つまりメダルを使い切ろうという方向へモチベーションが働くということでしょうか。
齊田:はい。コストよりも達成に重きを置く、というのはそういうことなんです。実際、子どもたちはプレイを重ねていく内に、メダルを節約するためではなく、最も効果的にメダルを使い切る方法を編み出していきます。
――効果的に、というのはどういう意味でしょうか。
齊田:『釣りスピ』では、釣りのアクションの度に5種類のロッドから使用するものを1つ選択します。ロッドにはそれぞれ使用コストが設定されており、最も安価なノーマルロッドは3枚、最高額のデビルロッドは20枚のメダルが必要です。
高コストのロッドほど大物を釣り上げやすく、ハイリスク・ハイリターンな展開になるため、魚影の大きさと数、必殺技ゲージの蓄積量、手持ちのメダル枚数など、状況をしっかり把握した上で適切なロッドを選べるかどうかが、勝負の分かれ目となります。
上手い子ほど攻め時だと思ったところでデビルロッドに持ち替え、迷いなくメダルを投入してますね。強力なロッドを手にして大物に挑む時のドキドキ感は、まさに『釣りスピ』のクライマックスです。
――高コストのロッドでメダルを一気に消費してしまっても、大物を釣り上げることができればプレイを続行することは十分可能だし、その方が緊張感があって楽しめると。逆に逃げられてしまった場合でも、先程お話しのあったとおり、満足感や充足感を得ることはできる。メダルがゲームを上手く循環させているのがわかりますね。
小山:その循環には保護者も含まれていなくてはなりません。キッズ向けの難しいところです。
――保護者が子供に遊ばせてもいいと思えるようなゲームでなくてはならないわけですね。
小山:キッズ向けのゲームは、時間とお金の両面で常に保護者の管理下にあります。子供の視点を持つことはとても重要なことですが、保護者から見ても十分に良質なゲームでなくてはなりません。
――保護者が良いと認めるゲーム、あるいは認められにくいゲームとは、どのようなものなのでしょうか。
小山:銃を撃ったり人を殴ったりするゲームはまずダメなんですが、意外に受け入れていただけないことの多いゲームとしては、カードゲームが挙げられるかもしれません。
――子供の間では人気なのに、なぜカードゲームなのでしょう。
小山:保護者がわからないゲームは、基本的に認められづらく、良くて無関心といったところでしょう。カードゲームは人気アニメのキャラクターを起用したものが多いのですが、我々のインタビュー調査によれば、保護者はそのアニメもキャラクターも知らない場合がほとんどです。しかもカードが増えてくると、お子さんが部屋を散らかしてしまったり、時には保護者が誤って捨ててしまったりして、大変なトラブルを招きかねません。
――私も子供の頃、同じような悲しい経験をしました……。
小山:保護者の理解が伴わなければ、子供も段々ゲームを楽しめなくなり、やがて離れていってしまいます。翻せば、保護者が内容を把握できるゲームなら、子供も安心して長く遊び続けることができる。
その点においては、セガさんの『甲虫王者ムシキング』(2003年)は非常に優れたゲームで、今でも尊敬してやみません。IPに頼らず、保護者世代にも馴染みのあるカブトムシを、ほぼ実在の形のままカードにするという極めて画期的な作り方をされている。『釣りスピ』は『ムシキング』にならった点が多々あります。
――釣りを題材に選んだのは、子供にも保護者にも馴染みのある体験だからと仰っていましたね。
小山:ゲームはわからなくても、釣りなら何となく知っていると思うんです。ロッドは両手でしっかり握って、ウキが沈んだらリールをぐるぐる回すんだよと、大人が子供に教えてあげられる。これがアニメ系のIPだったら、保護者はほとんど関わることができません。
齊田:奇しくも小山が先程「勝たせてあげたい」と言っていましたが、『釣りスピ』を遊んでいるお子さんに保護者の方が声援を送っている様子をよく見かけます。プレイ中のお子さんをスマートフォンで撮影している方も多いですね。
小山:頑張っている子供の姿を見ていると、つい大人の方がアツくなってしまうんですよ。
齊田:そうみたいです(笑)。お子さんの勇姿を写真に収めるために、保護者自らメダルを追加してあげる場面もありました。勝たせてあげたい、という愛情が伝わってくるエピソードです。
――応援という形で大人も一緒に参加できる点が、『釣りスピ』の大きな特長だと思います。
齊田:ゲームが、大人と子供の間を取り持つ存在になってくれればと考えています。実はその観点から始まった新しいプロジェクトがあるんです。AR(拡張現実)の技術を応用したもので、現在実証実験中なのですが。
小山:まず、ショッピングモールに来たお子さんにAR対応ロッド型端末をお渡しして、そのままご家族とお買い物に行ってもらいます。ロッド型端末には小型カメラが内蔵されており、ディスプレイをのぞくと、現実の空間に『釣りスピ』の魚たちが現れるんです。あとはゲームと同様にリールを回すと釣り上げることができます。この技術が実用化されれば、ショッピングモール全体を『釣りスピ』の世界観で表現できるようになるでしょう。
――技術とロケーションの新しい組み合わせですね。
齊田:『釣りスピ』はショッピングモールで多くご導入いただいています。ところが、僕たちが調査を進めたところ、子供はショッピングモールに苦手意識を持っているらしい、ということがわかってきました。
――なぜでしょう。ショッピングモールに来れば、『釣りスピ』を遊べるのに。
齊田:ショッピングモールに来る目的はもちろん買い物ですから、滞在時間の大半はおしゃれな洋服を探したり、食料品を買ったりすることに費やされます。そして、ここが問題なのですが、買い物は大人にとっての用事であり、子供はそれほど楽しくありません。『釣りスピ』は遊びたいけれど、大人たちの買い物には付き合いたくない。それが子供の本音のようなのです。
――買い物途中でぐずり始める子がいるのも、うなずける話です。
齊田:この問題は子供だけでなく、保護者にも負担となります。お子さんが機嫌を損ねる前に急いで買い物を済ませなくてはいけないからです。さらに、落ち着いて買い物ができないという環境はショッピングモールの店舗側としても大きなデメリットとなります。そこで、この三者の課題を解決するために今回のAR活用実験が始まりました。
小山:ロッド型端末ならモール内のどこでも釣りを楽しむことができます。これで買い物が済むまで退屈せずに過ごせるし、大人も焦って買い物をする必要がなくなります。まだ実験中ですが、テナント企業とアライアンスを組めれば、新しい販促施策が展開できるのではないかと予想しています。
ゲームを社会に繋げるためのコアバリュー
――今後『釣りスピ』はどのように展開していくのでしょうか。ロードマップをお聞かせください。
小山:『釣りスピ』は今、大きな飛躍の時を迎えつつあります。ですが、そのためには2つの大きな課題を乗り越えなくてはならないと考えています。
――2つの課題とは何でしょうか。
小山:目下の課題としてはまず『釣りスピ』商圏の拡大があります。Nintendo Switch版のヒットは嬉しい出来事ではあったものの、ソフト購入者のほとんどがアーケード版プレイ経験者だったことがわかっています。つまり、客単価の上昇は達成できたということですね。となれば、今度は『釣りスピ』商圏の更なる拡大が新たな目標となります。
『釣りスピ』はキッズ向けのゲームということもあり、ユーザーは一定の年齢層に限られます。今はまだ大丈夫ですが、これからの10年を考えれば、少子化の影響をもっとダイレクトに受けることになるでしょう。そうなる前に、まずは認知度向上が急務と捉えています。
齊田:我々の推計では、『釣りスピ』の認知率についてはまだまだ拡大の余地があることが分かってきました。生活の中に『釣りスピ』が存在しないため、全く知らない。そういった子たちがまだまだいるんです。接点がないからゲーム内でいくら施策を講じてもリーチできない。これは大変な難題です。
そこで、突破口はまだ『釣りスピ』を知らない未認知層に向けた施策にあると考え、銀だこさんとのコラボを企画しました。コロナ禍の自粛生活が続く中での実施となりましたが、良いスタートを切ることができたと思います。
――認知度向上と新規ユーザーの獲得が、将来的に重要性を増すとお考えなのですね。
齊田:はい。感染が収束次第、更に認知度向上に努めていきたいと思っています。
――では2つ目の課題を伺いましょう。
小山:もうひとつはロイヤルユーザーへの向き合い方というか、ゲームにおけるメダルの価値をもう一度問い直すべきだと思っています。
齊田:メダルを軸にした遊びだからこそのおもしろさ、メダルを増やしていくおもしろさは、『釣りスピ』の大きな魅力の1つであると考えています。しかし『釣りスピ』を長く遊んでいる子どもたちの中には、次第に魚をメダルに価値換算するようになる子がいます。
たとえば、ナンヨウハギは「メダル3枚の魚」、タチウオは「メダル10枚の魚」というように。獲得枚数は知っていても、その魚の名前にも生態にも興味がない。このことを知ったときは愕然としました。子供のためにゲームを作ることがいかに難しいか、それを思い知らされたというか……。
小山:年齢が上がってくると、お金の価値を理解できるようなります。その反作用として魚のメダル換算が起こるのでしょう。
――魚のメダル換算が子供の成長によって引き起こされるのであれば、それは避けようがないのでしょうか。
小山:そうだとしても、今よりもっと良いやり方があるはずです。子どもたちに伝えたいのは、釣り人の魂と、海の生き物が持つ魅力、そして自然への好奇心。僕たちはそれをコアバリューと呼んでいるのですが、それが伝わっていなければ、インカムがいくら増えようがダメなんです。
齊田:コアバリューは、『釣りスピ』がこれからの10年をどのように成長していくべきかを定めた重要な指針です。コアバリューの実現に向けた最初の一歩として、2021年9月より新企画「ズカズカズカーン!大作戦」と「ぱくぱくキャンペーン」を始動しました。
――どちらもインパクトのある名称ですね! 企画の内容が気になります。
齊田:「ズカズカズカーン!大作戦」は東京・池袋のナンジャタウンで開催中の、リアルとデジタルの複合型イベントです。イベント参加時に「釣りスピリッツ大解剖図鑑」(税抜価格1,000円)をご購入いただき、ミッションで指定された魚を『釣りスピ』ゲーム内で釣り上げていただきます。
この大解剖図鑑は、最初は未完成の状態なのですが、ミッションをクリアするたびにページが追加され、魚の名前とその由来、大きさや体つきの特徴、生息地域、習性といった知識を収集できるようになっています。
小山:図鑑のページはナンジャタウン内のグッズショップで1枚120円(税抜)、3枚で330円(税抜)、5枚セットだとお得な500円(税抜)で販売しています。
図鑑のページは全66種類、タイやサンマなど実在の魚はもちろん、ゲーム内では遭遇することすら難しいと言われる、マボロシクラスのダイヒョウザンクジラも紹介されています。『釣りスピ』には架空の魚も登場しますが、実在の魚と同じように生態や習性がきちんと設定されているんですよ。
――たとえ架空の魚であっても、詳しく知るうちに生き物の存在感というか、リアリティが増してきますね。
小山:それが一番の狙いです。魚は色も形も様々で、ひとつひとつに意味があります。
たとえばタチウオは太刀のように銀色で細長いことからその名前がつきましたが、なぜ体色が銀色なのか、ご存知ですか? 理由が気になったら、ぜひ大解剖図鑑を読んでみてください。
魚のこと、海のことを知っていただければ、ゲームでタチウオが登場した時に、このタチウオは小魚を食べに水面まで上がってきたところなのかな、なんて想像が膨らむと思うんです。そうなれば、もうタチウオは「メダル10枚の魚」なんかじゃないでしょう?
齊田:知識が増えると、『釣りスピ』がもっと面白くなりますよ。大解剖図鑑をコンプリートするのはなかなか難しいかもしれませんが、来年1月11日まで開催していますので、ぜひ何度もお越しいただいて、少しずつ集めていただければと思います。
――では次に「ぱくぱくキャンペーン」について教えて下さい。
小山:コアバリューに向けてさらに一歩踏み込んだ企画が「ぱくぱくキャンペーン」です。Twitterで『釣りスピ』公式アカウントをフォローしていただき、アカヤガラ、クエ、アンコウ、アカハタの4種から食べてみたい魚を選択してもらうと、離島で漁獲された新鮮な魚の詰め合わせ(※)がご自宅に届きます(抽選100名まで)。新鮮な魚を実際に目で見て、さばいて、ぱくぱく食べて味わってもらおうというのが本企画の趣旨です。
※お届け時期により魚を収穫した離島は異なります。※キャンペーン期間は2021年9月6日(月)~10月31日(日)まで(すでに終了)
齊田:嬉しいことに、すでに予想以上のご応募をいただいています(取材当時)。東京で展開している新型鮮魚店sakana bacca(サカナバッカ)を運営するfoodisonさんのご協力の下、鮮度抜群の魚を手配しました。もちろん切り身ではなく、ゲームで見るあの魚がドーンと丸々一尾入ってますよ。箱を開けた瞬間湧き上がる、海の幸の感動をぜひ楽しみにしていてください。
――カジサックさんの動画ではアカハタをお刺身と炙りで召し上がっていましたね。
齊田:お造りにすると魚の風味をダイレクトに味わえますね。アカハタは中型魚に分類され、アジのような小魚と比べると、さばくのも相応に力のいる作業になります。カジサックさんのご家庭では奥様が調理していらっしゃいましたが、料理自慢の男性にもぜひ挑戦していただければと。
――魚をさばく大変さも含めて、子どもたちにとって貴重な食体験になることでしょう。
小山:そう、魚を加工するのってとっても大変なんです。水揚げ後の素早い血抜き、厳密な温度管理、熟成、そして鮮度を保ったまま消費者の元へ届けるための輸送技術。僕たちが町中のスーパーで美味しい魚を手頃な値段で買うことができるのは、ひとえに水産業のみなさんのおかげなのです。
魚は自動的に焼き魚や缶詰にはなりません。海で泳いでいる姿と、自分の口に入る食材としての魚がリンクして、初めて海の知識として身に付く。大人が子どもたちに教えてあげなくてはならない、大切なことのひとつだと思います。
齊田:ぱくぱくキャンペーンの特設サイトでは、海洋環境の研究者である銭本 慧さんが設立した水産加工会社・フラットアワーへ取材を行い、その模様を「釣りスピ開発チームからみんなへ」という形でレポートを掲載しています。エキサイティングな釣りの様子も、その場で魚を締める場面も詳細にまとめてあります。
さらに、海洋プラスチックごみ、乱獲、未利用魚の食品ロス、地球温暖化、離島の過疎化など、我々が今直面している海の問題についても触れています。小さなお子さんが読めるようにすべてふりがなをふってありますので、ゲームを楽しんだ後はぜひキャンペーンサイトをご覧いただき、どうすれば豊かな海を守ることができるのか、お子さんと一緒に考えてみてください。
――釣りをテーマにしたゲームとはいえ、ここまで踏み込んで調査を重ね、ユーザーに知識を提供する取り組みは他に例がありません。CSR活動の一環ということでしょうか。
齊田:CSRを特に意識しているというわけではなく、『釣りスピ』のコアバリューにしたがって、やろうと決めたのです。
『釣りスピ』は全国1,500台、Nintendo Switch版は70万本も売れました。今年の11月で9周年目を迎えます。紆余曲折ありましたが、子どもたちに楽しんでもらえるゲームを作れたと満足しています。次の10年はきっと齊田くんがチームを良い方向に引っ張ってくれるでしょう。とても期待しています。
小山:『釣りスピ』は子供を笑顔にするゲームです。胸を張ってそう言えます。保護者が認めるクオリティと良心を備え、最近の商業的ヒットを見るに、市場にも十分に認めてもらえたのだと思います。
そして、次の10年を考えた時、『釣りスピ』は、ゲームから社会へ繋がるエンターテインメントになることが新たな目標になるでしょう。皆さんの期待に応えられるよう、プロデューサーとして努力していきたいと思います。小山さんも「コヤ所長」としてまだまだ活躍していただかないと(笑)。
小山:一緒に頑張りましょう!
齊田:はい! 次の10年を目指していきましょう。
――『釣りスピ』の今後の展開が楽しみです。ありがとうございました。
企画・取材:原孝則
執筆:神谷美恵
取材協力:島中一郎
撮影:大塚まり