工数を度外視してでも“差別化”を…『勝利の女神:NIKKE』の飽くなき挑戦

韓国を代表するクリエイター、キム・ヒョンテ氏らの新作。賞金1億ウォンをかけた社内コンペで企画が誕生。開発秘話を訊く。

工数を度外視してでも“差別化”を…『勝利の女神:NIKKE』の飽くなき挑戦

『ブレイドアンドソウル』 や『デスティニーチャイルド』などで知られる、イラストレーターのキム・ヒョンテ氏が率いるSHIFT UPが贈る新作モバイルゲーム『勝利の女神:NIKKE』。

背中で魅せる「ガンガールRPG」として打ち出された本作では、謎の生命体“ラプチャー”によって地上を支配されたポスト・アポカリプス世界を舞台に、戦闘型ヒューマノイドNIKKEたちが地上世界の奪還を目指すというストーリーが描かれる。

そんな本作の大きな特徴はモバイル向けのサードパーソンシューター(TPS)作品でありながら、キャラクターを大きく見せる縦画面でのプレイシーン。背中で魅せるというキャッチコピーに違わぬ魅力的なキャラクターが目を引き、日本国内でも大きな注目を集めている。

今回は年内のリリースを目指す『勝利の女神:NIKKE』がどのように生み出され、開発が進められているのか、SHIFT UP CEOのキム・ヒョンテ氏と、ディレクターのユー・ヒョンソク氏に話を聞いた。

【SHIFT UP CEO キム・ヒョンテ 氏】1978年生。韓国を代表するイラストレーター、ゲームグラフィックデザイナー。SOFTMAX、NCSOFTを経て、2013年に株式会社SHIFT UPを設立。2016年にモバイル向けRPG 『デスティニーチャイルド』をリリース、現在は『勝利の女神:NIKKE』『Stellar Blade』を開発中。その他、代表作に「マグナカルタ」シリーズ、『ブレイドアンドソウル』等。
【SHIFT UP 『勝利の女神:NIKKE』ディレクター ユー・ヒョンソク 氏】ゲーム業界14年のキャリアにおいて、主にRPGタイトルをヒットに導いてきた同ジャンルのスペシャリスト。モバイル向けRPGでは『HIT』でバトルディレクターを担当、さらに『OVERHIT』『LostArk Mobile』ではディレクターを務めた。

企画・取材:原孝則
執筆・取材・撮影:富士脇水面

 

賞金1億ウォンをかけた社内コンペで企画が誕生

――『勝利の女神:NIKKE』は日本でも注目を集めていますが、本作の企画はどのような流れで立ち上げられたのでしょうか。

キム:もともとは新しいゲーム企画を公募する社内コンテストで選ばれたものでした。コンテストでは、賞金として1億ウォン(日本円で約1,000万円)を用意しました。当時は、多くのスタッフが臨時のチームを立ち上げて、プロトタイプまで開発して競い合っていたのをよく覚えています。

――社内コンテストの時点で現在のような特徴的なビジュアルだったのですか。

キム:いえ、当時の企画はTPSであるものの、単純にターゲティングをする純粋なシューティングゲームに近く、キャラクターも横から見たものでした。その企画にキャラクターの全身を見せるゲーム画面、障害物に隠れるポーズや銃を撃つポーズを魅力的に見せるアイデアを加え、それをさらに磨き上げ発展させたものが現在の『勝利の女神:NIKKE』になります。

――TPSとはいえ、画面UI(デザイン)は独特ですね。こうした独自のビジュアルはどのようなきっかけでアイデアが生まれたのでしょうか。

キム:そもそも本作では、キャラクターの全身イラストをプレイ(バトル)シーンでも見せたいという考えがありました。しかし、全身イラストを採用しながら、移動して戦うという場面を演出することは技術的、そして工数的には困難でした。そこで苦肉の策として、障害物に隠れるポーズと射撃するポーズの両方を見せる構図を思いつき、これを実装したところ魅力的な画面に行き着いたのです。

キム:障害物に隠れて銃火器をリロードする姿と攻撃するときの後ろ姿、ふたつの姿を見せるというアイデアに行き着いたのはいいですが、これらを実現するには他のゲームの3倍ほどの原画イラストが必要になります。『勝利の女神:NIKKE』はこうしたコスト的リスクを抱えての挑戦でしたが、試してみると大変成果が良かったため、本格的な制作を決心しました。

――テストを経て、見た目的な面白さや、操作時の没入感のような手ごたえを感じたのですね。

キム:はい。ビジュアルと操作性、どちらも手ごたえを感じました。

まず、2枚の原画イラストにアニメーションを加え、隠れる姿勢と射撃の姿勢の切り替えを試してみると、うまく見せることができたのです。さらに、タッチ操作で姿勢を切り替える仕組みも、私たちが追及していたワンハンドシューティングのアルゴリズムともマッチしていました。

ユー:このビジュアルを完成させるまでには、研究開発に膨大な時間を費やしました。たくさんの研究開発を重ねる中で、たどり着いたのが2Dのキャラクターに3Dの銃を持たせる手法です。クローズドβテストで実施したアンケートでもビジュアルとその射撃について両方に満足しているような結果が得られて、ユーザーの方々から好評だったので手ごたえを感じました。

工数を度外視してでも“差別化“を

――グラフィックは『デスティニーチャイルド』の頃から、Live2Dを採用されているかと思いますが、今回もLive2Dをメインに採用されているのでしょうか。

キム:弊社にはLive2Dで培ってきたノウハウがありますが、実は『勝利の女神:NIKKE』ではツールを変えSpineを採用しています。

作業の効率化や人材募集といった面でのメリットが大きい一方で、Spineを選択したことで「ノウハウの新たな構築」など犠牲になるような部分もありました。ですが、Spineに慣れてからは滑らかなキャラクターアニメーションを表現できるようになり、以降はスタッフの技術も成長して開発は順調に進行していきました。

――『勝利の女神:NIKKE』を遊んでみると、やはり背中からのグラフィックが目を引きます。モバイルゲームでは正面からのビジュアルを描くことが多いですが、開発チームの中ではキャラクターの背中を描くにあたって、こだわりのようなものがあるのでしょうか。

キム:2Dのゲームでは真正面を見せるのが一般的ではありますが、3Dのゲームで考えてみると、後ろ姿を重要視することはそう珍しくありません。ほとんどのTPSは後ろ姿をよく見て遊ぶことになると思いますし、私が手掛けた過去の作品では、その後ろ姿にこだわりをもって制作していました。

一方でモバイルゲームでは、バトルなどの操作シーンにおいてSDキャラクターで表現されることが往々にしてあります。しかし、私は操作シーンでも等身大で後ろ姿を見せたいというこだわりがあり、自然な流れで2Dゲームでも後ろ姿を見せるようになりました。

ビジュアルのクオリティもきちんと管理しており、わざとらしくなく、自然さを追求しています。もちろんキャラクターの中にはちょっと目立っている子もいますが(笑)。

ユー:『勝利の女神:NIKKE』では正面・後ろ姿・立ち絵がすべて合わさって、ひとりのキャラクターが表現されることに、一番のこだわりを持っています。その後ろ姿からはキャラクターの性格すら感じられるようにしたいと考えていて、例えばハードボイルドな性格の子であれば、バトルの後ろ姿のポーズからもそんな雰囲気が出るような見せ方に気を付けています。

――キャラクターをひとり生み出すまでに結構な工数が必要そうですが、どの程度の時間をかけているのでしょうか。

ユー:今はある程度制作に慣れてきているので、ひとり当たり平均3ヵ月を目安に進めています。もちろん、キャラクターごとにかかる工数は異なりますし、表現すべき要素のボリュームも異なるので、より時間をかけているキャラクターもいます。

ただ、私たちは3ヵ月で完成させることを必ずしも優先しているわけではありません。満足のいくキャラクターが生み出されることを追及しているので、工数は多くなりますが何回もやり直したり、描き直したりして作業を進めました。

――昨今のモバイルゲーム市場において、SDキャラクターなどが主流となった背景には、キャラクターの制作速度におけるスケジューリングも影響しているので、クオリティを維持する皆さんが心配になってしまいました(苦笑)。

キム:『勝利の女神:NIKKE』ではキャラクターが大胆に動きますし、3DのSDキャラクターも存在するので、私も今無茶なことをしていると思うことがあります(苦笑)。しかし、そうすることで、他のゲームとは差別化された新しい楽しみを提供できるかと思います。

▲フィールド上では3Dキャラクターを操作する。(画像は2022年3月時点のもの)

――少し無理してでも“差別化”を優先する気持ち、わかります。キム・ヒョンテさんは、過去に『デスティニーチャイルド』でモバイルゲームの運用も経験されています。クリエイターとしてクオリティ面やマネタイズのことを考えながらも、一方で経営者として納期を含めたスケジューリングも考慮するという葛藤があるかと思います。しかし、実際に話を聞いてみると、実装は大変だけれどもクオリティを高く維持しようという気概を感じました。

キム:私が言いたかったことを、正確に理解していただいたようで、ありがとうございます。『勝利の女神:NIKKE』は私にとっても大きな挑戦でしたし、長い間悩んだ末に出した結論でもあります。

――ちなみに開発規模はどれくらいでしょうか。

キム:開発スタッフは約100人ですが、本作の開発のために募集した新規メンバーがほとんどです。とにかくよい作品をつくることを目標にしていましたので、新たに優秀な人材をたくさん採用しました。

しかし、前作で培ったSHIFT UPの開発ノウハウを活かせるように10%くらいは、『デスティニーチャイルド』の開発メンバーを引き入れました。

――本作は全世界同時リリースとなるのでしょうか。

ユー:はい、全世界同時リリースで考えています。まだ、いくつかの国ではフィックスされていないのですが、韓国・日本・北米・ヨーロッパに限っては同時リリース予定です。

――昨今のモバイルゲーム市場についてのご意見もお聞かせください。現在、国内外問わず新規のゲームタイトルがヒットしづらいレッドオーシャン化が指摘されていますが、お二人は現在のモバイルゲーム市場をどのように見ているのでしょうか。

キム:日本市場に限っては、一度遊んで気に入っていただくと、そこから長くお付き合いいただけるようなユーザーが多い印象です。実際に他国と比較して長期運営タイトルの数も多く存在すると思います。

ただ、あくまでも私たちは既存のゲームと競争するのではなく、どこよりも新規性を持ったゲームとしてリリースし、ユーザーに楽しんでもらいたいという思いがあります。国内外問わずユーザーは新しいものに興味関心を抱いてくれると思いますし、その要素は『勝利の女神:NIKKE』では十分に含んでいます。

レッドオーシャンとは言われていますが、まだまだ魅力的で多様なチャレンジのできる市場であると思います。

ユー:スマートフォンの登場により、モバイルゲームは日本のみならずグローバル市場においてもメジャーな文化になりました。それだけ市場も拡大し、膨大な数のゲームタイトルもリリースされ、たしかに数値だけを見ればレッドオーシャン化は事実です。

しかし、似通った構成のゲームがたくさん登場しているので、ユニークな楽しみ要素を持つゲームの数は逆に減っているのではないかと思います。なので、定型化せずに少し変わった目線で市場を見ることができれば、ヒット作はこれからも十分に出てくるのではないかと思います。

――最近は海外から意欲的なタイトルがたくさんリリースされているので、日本のゲームユーザーも注目しています。それでは、最後に日本のユーザーに向けてメッセージをお願いします。

ユー:『勝利の女神:NIKKE』はビジュアルも大事ですが、ストーリーやキャラクターのボイスなどナラティブを構成する要素にも注目いただければと思います。本作のナラティブ性はクローズドβテストでも大変好評でしたので、ぜひご期待ください。

キム:キャラクターの魅力的な後ろ姿を表現するために、弊社ではさまざまな技術を取り入れました。本作における差別化のポイントですので、ご注目ください。

一方で、本作はシューティングとしても良質な体験を味わえます。純粋にシューティングだけを楽しめるモードをはじめ、オートプレイでマネジメントに集中できたり、キャラクターの交流を楽しめたりと、ユーザーのニーズに合わせてコンテンツを用意しています。刺激的な体験が長期的に楽しめるよう準備を進めておりますので、ぜひリリース後は遊んでみてください。

――本日はありがとうございました。

企画・取材:原孝則
執筆・取材・撮影:富士脇水面