セガ『頭文字D THE ARCADE』×チェリオ、コロナ時代にコラボでシーンを創る
一見意外な取り合わせとなった両社は、いかにして協力体制を築くに至ったのか。ソーシャルディスタンス時代における企業間コラボレーションの最新事例を取材した。
セガのドライブアクションゲーム『頭文字D THE ARCADE』は2002年3月の稼働開始以来、20年続くロングセラーのアーケードゲームだ。
今年8月には大型イベント「走り屋フェス」を開催し、全国6都市でトップレベルの“走り屋”たちがデッドヒートを繰り広げた。さらに前夜祭には有名アーティストによる音楽ライブを配信。実店舗とオンラインの両面から新しい施策を打ち出し、苦境のアーケードゲームでありながら大いに注目を集めた。
そして、走り屋フェスに協賛企業として参加したのが飲料メーカーのチェリオだ。同社の炭酸飲料「ライフガード」は言わばその後のエナジードリンクブームに繋がるビタミン飲料であり、1986年の発売開始から根強い人気を誇っている。
一見意外な取り合わせとなった両社は、いかにして協力体制を築くに至ったのか。ソーシャルディスタンス時代における企業間コラボレーションの最新事例を取材した。
企画・取材:原孝則
執筆・取材:富士脇水面
編集:神谷美恵
撮影:岸波崇
“走り”で語り合う
――『頭文字D THE ARCADE』シリーズは2022年3月に記念すべき20周年を迎えました。おめでとうございます。
新井:ありがとうございます。プロジェクトを立ち上げた時はこれほどの長期稼働になるとは思ってもいませんでした。ファンの皆様には何よりも感謝をお伝えしたいです。本当にありがとうございます。
――『頭文字D THE ARCADE』のロングヒットに繋がったポイントはどこにあるとお考えですか。
新井:私自身、クルマが趣味なんですが、そこから原作の「頭文字D」にドハマりしまして。自分がプロデュースしたゲームでクルマ仲間が増えたらいいな、という思いをスタート地点にして『頭文字D THE ARCADE』の構想を練っていきました。
【『頭文字D THE ARCADE』シリーズとは】しげの秀一氏の漫画「頭文字D」を題材としたアーケードレースゲームシリーズ。2002年に稼働開始。ヒットの経緯は「対戦」にあると新井氏は言う。隣同士に座り1対1でタイムを競い合う店内対戦をはじめ、2007年当時から現在までアーケードレースゲームでは唯一のオンライン対戦(店舗間通信対戦)をいち早く導入するなど、対戦を起点に多くのユーザーから支持された。 【最新作『頭文字D THE ARCADE』スクリーンショット】
――もともとクルマがお好きだったんですね。
新井:ええ。「頭文字D」という名作を舞台にする以上、絶対チャチな造りにはしたくなかった。だから当時のレースゲームを徹底的に研究して、とにかく本物志向で行こうと考えました。
――リアル志向ということですか。
新井:写実的な表現という意味のリアルさもありますが、本物のゲーマーを唸らせるようなゲーム性と体感ですね。ありがちなスピード競争ではなくて、自分のドライビングセンスがキッチリ試される、そういうレースアクションが作りたいなと。
その点では『頭文字D』の峠道を走りこなすという、走り屋の美学がゲームシステムと非常にマッチしていて、それが多くの方々に受け入れていただけたのではないでしょうか。
――海外でも高い評価を集めています。
新井:2003年の3作目ではワールドワイドで1万台の販売実績を記録したと聞いています。最近では先日の走り屋フェスに中国人の留学生が参加してくれて、『頭文字D ARCADE STAGE』を研究テーマに論文を書いていると伺いました。とても熱心な方だったので、私も大変嬉しかったです。
――オペレーターからの評価はいかがでしょうか。
新井:お陰様でご好評をいただいておりまして、特にレースゲームというコアなジャンルでは例外的に集客効果が高いと伺っています。ユーザー全体のエンゲージメントが高く、新型コロナウイルスで長期の営業自粛がありながらも、営業再開直後から多くの方がプレイに復帰され、微力ながら店舗の運営に寄与できたのではないでしょうか。
――集客力の源はどこにあるとお考えですか。
新井:親しみやすい漫画が原作という事と、1プレイ100円の手頃な価格設定も効いていると思います。最近はプレイ単価が上昇傾向にあるので、価格の優位性がより際立って見えるはずです。1コインなのにしっかり遊べる、それが『頭文字D THE ARCADE』の強みのひとつになっています。
――取っつきやすさと本物志向の両立が差別化のポイントになっているのですね。
新井:そうですね。実はゲーム自体も同じ発想で設計しています。たとえばインターフェース(入力装置)ひとつとっても、『頭文字D THE ARCADE』にはステアリング、ペダル、シフトレバーの3要素しかありません。そしてインターフェースがシンプルなだけに、操作も分かりやすい。実際の自動車と大体同じですから、ほぼ説明不要ですぐにプレイを始めることができます。
新井:でも実際に筐体のステアリングを握ってみると、ちゃんと手ごたえがある。従来のレースゲームはステアリングがすごく小っちゃかったんですよ。回転の角度も狭くて。それがどうしても我慢できませんでした。「こんなのでハチロクを運転できるか!」って。(苦笑)
だから開発当時は会社に色々と無理を言って、すったもんだの末に実車と同等サイズのものを取り付けてもらいました。
ただステアリングにもトレンドがあって、最新作の『頭文字D THE ARCADE』ではやや小さめのサイズに変更しています。このあたりの微調整がリアルさの決め手になってくるので毎回こだわってますね。
――メインのユーザー層はどのような人たちでしょうか。
新井:稼働開始から長年プレイを続けていただいているお客様は30代後半から50代初めの方が多いのですが、一方でショッピングモール等のロケーションでは10代後半、20代の若年層の方がよくプレイされています。
――年齢層はかなり幅がありますね。原作「頭文字D」は1995年連載開始ですから、若いユーザーにとっては自分が生まれる前の作品ということになりますが。
新井:そこはやはりジェネレーションギャップがあって、原作をご存じない方はいらっしゃいます。『頭文字D THE ARCADE』で初めて知って、後から原作のマンガを読むというかたちで、僕たちの世代とは逆のプロセスでファンが増えているようです。
――長期運営タイトルはユーザーの新規獲得が難しいとされる中、原作の認知に乏しい若年層が『頭文字D THE ARCADE』を始めるきっかけは何なのでしょうか。
新井:まずは「頭文字D」という「どこかで見聞きしたことのある名称」、そして価格の優位性でしょう。若い方はゲームに使えるお金が限られていますから、1プレイ100円はビデオゲームの中で最も魅力的なプライスです。
それともうひとつ、重要な要素が対戦機能です。『頭文字D THE ARCADE』がソーシャルゲームやコンソールゲームのように大規模な広告を打たなくても長年やってこれたのは、まずは原作が連載されていたこと。
原作が連載終了しても劇場版のアニメが制作された事でマスへの途切れない情報拡散があった事。それに加えベテランの走り屋がいつもルーキーを連れてきてくれるからです。
そのルーキーもやがて一端(いっぱし)の走り屋になり、新たな対戦相手として知り合いを連れてくる。そうやって無数の対戦が重なり、原作同様に走り屋のカルチャーが『頭文字D THE ARCADE』にも根付いていきました。
――新井さんご自身、趣味の仲間を増やしたいと仰っていましたね。ファンカルチャーの生成において何がキーポイントだとお考えですか。
新井:1990年代の格闘ゲームブームがそうだったように、フェアな対戦とは、言葉に頼らない、しかも良質なコミュニケーションなのだと思います。
たとえば『バーチャファイター』で画面に3Dキャラクターが映っていても、プレイヤーが本当に見ているのは対戦相手のはずです。『頭文字D THE ARCADE』も同じで、カーブの向こうに相手を見ている。小洒落たカフェで当たり障りのない会話をするより、1戦走った方がずっと深く分かり合えることもあると思います。
――車の運転は性格が出ると言います。ステアリングを握っている時だけ、人は本当の自分になれるのかもしれません。
新井:実際そうですよ。だから『頭文字D THE ARCADE』は誰かと一緒にプレイしたくなるゲームなんです。いつの時代も人は自分を知ってほしいし、相手も自分の事を知ってほしい。でもそれを言葉でやると何かと誤解があったり、時間がかかる。それならゲームで対戦してわかりあうということもできると思うんです。
青春の味、ライフガード
――2022年8月から10月にかけて、初の公式ファン交流イベント「走り屋フェス」が開催されました。そもそも両社のコラボは、2021年10月開催のゲーム内コラボが始まりでした。まずはそのきっかけからお聞かせください。
菅:新井さんから弊社へ直接オファーをいただきました。アーケードゲームの老舗からお声をかけていただき、大変光栄に思っております。
実は私もクルマが好きで、子供の頃はセナ(アイルトン・セナ)、ナイジェル・マンセル、アラン・プロストといったF1ドライバーたちの素晴らしいレースにテレビの前で釘付けになっていたものです。
互いに共通の趣味があると知ってすぐに意気投合しまして、「ぜひ参加させていただきます」と。その後は新井さんの熱意に押される形でトントン拍子に企画が進んでいきました。
――ここ「ライフガードスクエア 超生命体広場」をオープンした目的をお聞かせください。
菅:ライフガードスクエアは、弊社の超生命体飲料「ライフガード」のブランドコンセプトを具現化したイベントスペースです。
ライフガードは、私の父である先代社長(現会長)がスペインでアーミーファッションにインスパイアされたことをきっかけに、1986年の発売以来迷彩柄をトレードマークとしてきました。施設内はストリートカルチャーと個性的な迷彩柄が融合したデザインになっており、ライフガードのルーツを表現しています。
加えて、父は私以上にクルマを愛してやまない人でして、彼のコレクションを皆さんにご覧いただけるよう、ライフガードの迷彩柄を施したコンセプトカーを展示しています。「頭文字D」でおなじみのハチロクもありますよ。ハチロクは走り屋フェスでも展示させていただき、ファンの方には特に喜んでいただけた様子でした。
――エナジードリンクというと、最近はカフェイン入りのものが人気ですね。ゲームとのタイアップ事例もあります。
菅:同じエナジードリンクでも、実はライフガードが想定する購買シーンは少々異なります。
まずライフガードはカフェインを微量しか含まず、ビタミンCの爽やかな酸味とほんのり微炭酸で口当たりが非常に軽やかです。テイストの方向性は発売当初からずっと変わっていません。
主な購買層は中高生から40代まで幅広い層に支持を頂いています。初めて手に取って頂くきっかけは、下校途中で友達と自販機やコンビニに立ち寄って、ライフガードを片手に楽しいひとときを一緒に過ごす、というようなイメージです。
【「ライフガード」とは】1986年の発売以来、36年にわたり愛されている清涼飲料。7つのビタミン、7つのアミノ酸、はちみつ、ローヤルゼリーを配合し、着色していないビタミンの色そのままの液色も人気の、飲みやすい微炭酸飲料として子どもから大人まで幅広い方に支持されている。
36年前の発売当時は清涼飲料としては珍しかったカモフラージュ迷彩をパッケージに取り入れ話題となった。また2009年からはピンストライプの国内第一人者であるM&K MAKOTO氏がデザインを手掛け、オリジナルキャラクター(ウサダー)が隠れたライフガード迷彩を採用。特徴的なロゴマークやキャラクターデザインを毎年変更するなど、「迷彩なのに目立つ」特徴的なボトルデザインも人気。
――なるほど。カフェイン入りのエナジードリンクやチル系ドリンクとは対照的ですね。ライフガードは仲間と一緒に過ごす時に手元にあってほしい飲み物、という感じがします。
菅:仰るとおりです。今回のオファーをいただいた際、新井さんが高校時代にライフガードをよく飲んでいたと伺って感無量でした。先代の頃から現在に至るまでライフガードは青春の味であり続けているのだと思うと、つい胸が熱くなってしまいます。
本当の自分に帰る場所を創る
――新型コロナウイルスの感染拡大でマスク越しのコミュニケーションが当たり前になってしまいました。仕事はリモートワーク化し、学校の給食時間はほぼ黙食で、会話を楽しむ機会がどんどん失われています。
社会の急激な変化に対して、エンタメ業界には、あらためて交流の場の創出が求められているように思うのですが、いかがでしょうか。
新井:僕が走り屋フェスをやろうと思った狙いは正にそこにあります。走り屋フェスは全国津々浦々で予選大会を開催し、僕も現地に行って運営をサポートさせていただきました。ソーシャルディスタンスの世界にあっても、『頭文字D』というゲームセンターでのコミュニティの場は不変なんだと。
菅:チェリオにとってもコミュニケーションの縮退は課題になりつつあります。ライフガードの購買イメージは「気の置けない仲間と一緒に飲みたいドリンク」ですから、仲間と会う機会の減った昨今では、その存在意義を問われているといっても過言ではありません。
今私たちが取り組むべきなのは、ありのままの自分になれる場所、ホッと一息つけるシーンを創り出していくことだと思っています。
【「走り屋フェス」とは】『頭文字 D THE ARCADE』の公式大会及び交流イベント(特別協賛:チェリオ)。2022年8月より全国6カ所を巡業してきた地方大会を皮切りに、10月2日には熾烈な予選を勝ち上がった猛者たちがセガ本社に集い、最後の闘い(決勝大会)に挑んだ。決勝大会の当日は、ライフガードを来場者に無料で配布したほか、地方大会ではじゃんけん大会の賞品としてプレゼントしていた。このほか、各イベントではユーザー自らがライフガードを持参してくるなど、公式飲料としての存在を証左したシーンも垣間見られたという。
【「走り屋フェス」地方大会の様子】
【「走り屋フェス」決勝大会の様子】
――サードプレイスの創出が、結果的にライフガードの購買機会の創出に繋がっているとお考えなのですね。
菅:はい。『頭文字D THE ARCADE』をはじめ、エンターテインメントカルチャーを応援することで、本来の自分に返ることのできる場所が社会の中で少しでも増えていってくれたらと願っています。そして、様々なしがらみから解き放たれた時に飲むライフガードはきっと最高に美味しいはずです。
菅:走り屋フェスではご来場の方にライフガードを無料配布させていただいたのですが、大会終了後もTwitterで新井さん宛てに「今日もライフガードを買ってきたぞ」と投稿してくださる方がいらっしゃると伺っています。
走り屋フェスでは、シーンを創るということの本質を学ばせていただきました。ファンの皆さん、そして新井さんにはあらためて感謝を申し上げたいです。
――なるほど。では新井さんは走り屋フェスを振り返っていかがですか。
新井:走り屋フェスは今だからこそ、セガにとって、そしてユーザーの方々にとって特別な意味を帯びたイベントになりました。もちろん、チェリオさんの協賛があってこその開催であり、私の方こそ本当に感謝してもしきれません。
イベントを通じて、会えない時代だからこそ、Face to Faceのコミュニケーションが人間にとって普遍的でかけがえのないものなのだと実感しました。
新井:最新作の『頭文字D THE ARCADE』ではこれまで2人対戦だった店内対戦機能を拡充し、4人同時対戦を実装しました。コロナ渦の只中で今更と思われるかもしれませんが、最小限のリスクで深いコミュニケーションを楽しむにはローカル対戦が最善の方法だと考えたからです。
オペレーターの皆様のご協力で筐体は常に清潔・安全が保たれており、対戦相手とは基本的に横並びで着座するため、感染リスクに配慮した形態になっています。どうぞ安心してご来店ください。
世知辛い世の中ですから職場も、学校も、家庭も、ハッピーな事ばかりとは限りません。時にはちょっと距離を置いて息抜きがしたいじゃないですか。ゲームセンターとは職場、学校、家庭のちょうど中間点にある場所です。息を抜いて自分らしくいられる場所としてもゲームセンターの存在を大切にしていきたいです。
――走り屋フェスではセガとチェリオ、両社のコンセプトが多くの人に伝わったと思います。本日はありがとうございました。
新井:ありがとうございました。
菅:ありがとうございました。
企画・取材:原孝則
執筆・取材:富士脇水面
編集:神谷美恵
撮影:岸波崇