心理的安全性でチームはもっと成長できる! DeNAの開発者向けウェビナーをレポート
心理的安全性とは、不安を感じずにいつでも率直にふるまうことのできる組織文化を意味する。ゲーム開発の現場でもその重要性は高まっている。
DeNAによるゲーム開発者向けの勉強会「Game Developers Meeting」が2021年11月25日(木)にオンラインで開催された。同勉強会は2016年に始まり、今回で53回目を数える。登壇者は株式会社ヘキサドライブでR&Dグループのヘッドを務める森田 和則氏。未知の技術的課題に日々取り組む開発部門は、いかにしてモチベーションを維持し、チームワークを構築すべきだろうか。
心理的安全性とはチームワークの土台である
森田氏によれば、チームのパフォーマンスは「心理的安全性」がカギを握るという。心理的安全性とは、不安を感じずにいつでも率直にふるまうことのできる組織文化を意味する。もう少しカジュアルに言い換えれば、「本来の自分を安心してさらけだせる雰囲気」だと森田氏は話す。
心理的安全性は、ハーバード・ビジネススクールのエドモンドソン教授(Amy C. Edmondson)が提唱する、リーダーシップと組織マネジメントにおける新しいコンセプトだ。エドモンソン教授の著書『恐れのない組織』(2021年, 英治出版)には心理的安全性の理論と事例が紹介されており、もうひとつの主著『チームが機能するとはどういうことか』(2014年, 英治出版)と共に、経営層から現場リーダーまで組織づくりに関わるビジネスパーソンの間で注目を集めている。
エドモンソン教授が心理的安全性の研究を始めたのは1990年代半ばだったが、このコンセプトを一躍有名にしたのは2016年に公開されたGoogleの「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」である。
プロジェクト・アリストテレスとは、パフォーマンスレベルの高いチームの共通点を明らかにしようとする取り組みで、Googleは社内の180のチームを対象に詳細な調査を実施した。
そして、調査を主導したジュリア・ロゾフスキは、優れたチームには5つのファクター―― ①心理的安全性、②相互信頼(頼りがいのある仲間)、③構造と明確さ(明確な目標と実行可能なプラン)、④仕事の意味(自身にとって意味があると思える仕事であること)、⑤インパクト(その仕事が良い影響力を持つという信念)――が必要だと結論づけた。
Google re:Work:「効果的なチームとは何か」を知る
特筆すべきなのは、心理的安全性が他の4つの要素(相互信頼、構造と明確さ、仕事の意味、インパクト)の土台となっている点である。心理的安全性を満たさないことには、あとの4つは成立しないのだ。Googleのようなズバ抜けた社員が集まる企業でさえ、その能力を発揮するには何よりもまず、心理的安全性が先立つ。ましてチーム単位で行われるゲーム開発での重要性は言うまでもないだろう。
組織の沈黙を解消する「言える化」
こうした研究と実践を通じて関心を集めるようになった一方で、懐疑的な意見もある。心理的安全性の行き着く先は結局ぬるま湯に浸かった仲良しグループに過ぎない、と思う人もいるかもしれない。
だが、森田氏はきっぱりと「それは大きな誤解」だと断言する。本当に心理的に安全な環境とはむしろ逆なのだ。ミスを指摘することもあれば、されることもある。意見が真っ向から対立することさえある。疑問も不満も隠さずに言う。心理的安全性を高めたからといって、仕事が楽になるわけではない。
心理的安全性がチームにもたらすのは、互いに信頼とシビアさをもって接する成果志向の規範だ。だから「耳が痛い話も言われるし、言う」。誤りや問題について恐れずに発言することで、チームはより多くの意見の中から最適な解決策を選択できるようになる。
心理的安全性に基づくチームと、愛想を振りまくだけの仲良しグループとでは、問題に対する発言が質的・量的に決定的に違うのだ。
残念なことに、心理的安全性が充分に確保されている職場は多くない。なぜなら職場は様々な不安に満ちており、発言にはリスクが伴うからだ。
問題があると訴えれば、事態をややこしくする人物だと思われかねない。何か質問をすれば、無知だとがっかりされてしまうかもしれない。心理的安全性が率直なコミュニケーションを活性化するのに対し、不安はメンバーを沈黙と保身に走らせる。心理的安全性を確立するには、この沈黙をどうにかして解消しなくてはなならないのだ。
とはいえ、急に発言を求めたところで事態が好転するとは考えにくい。そこで、森田氏は、段階を踏んで徐々に沈黙を解消させていく、「言える化」を進めるべきだと訴えた。
「言える化」には3つのステップがある。
まず最初は、「こんなことを言っても、どうせ受け入れてもらえないだろう」というネガティブな思い込みを取り外すことから始まる。職場ではロジカルで正確なコミュニケーションが求められるあまり、裏付けの乏しい話をしてはいけないと、つい口をつぐんでしまいがちだ。「言える化」は、その沈黙の瞬間を変えていくことにほかならない。
次のステップでは、発言が相談へと広がりを持つ。困っていたら、「手伝ってほしい」「助けてほしい」と素直に言えるようになることが2つ目の目標だ。
そして最終段階では、問題や間違いを率直に指摘しあえるようになる。時には精神的にタフなやり取りになるかもしれないが、心理的安全性にしっかりと下支えされたチームだからこそ可能となる、極めて高度なコミュニケーションだ。
「言える化」は、発言力の小さい立場の人ほどポジティブな影響を及ぼす。たとえば経験の浅い新人エンジニアだ。ミーティングでは「間違っていたらスミマセン……」と言いながら何事もおずおずと受け答えしていたが、森田氏の「言える化」によって発言を促されるうちに、意見を述べることに対するエクスキューズを口にしなくなっていったのだ。発言への不安が払拭されたことの証左と言えるだろう。
チームの相互理解を深める
森田氏はスクラムマスターとして様々なプロジェクトに携わってきた。その経験を通じて、メンバー間の理解不足がプロジェクトの阻害要因であることに気付いたという。それは技術的スキルや学問的知識よりも、対人理解、すなわちメンバーそれぞれの人柄に対する理解の不足が深刻だった。
確かに、心理的安全性においてメンバーとの個人的な仲の良さはさして重要ではない。しかし、毎日一緒に仕事をしているのに、相手の趣味もろくに知らないようでは積極的に言葉を交わすことすら難しくなってしまう。心理的安全性には、土壌となる相互理解が必要なのだ。
メンバー同士の人柄を理解するのに役立つツールとして、森田氏は「偏愛マップ」と「パーソナルマップ」「自己紹介ボード」の活用事例を挙げた。いずれも、自分のことを周りの人によく知ってもらうためのツールだ。
「偏愛マップ」は文字通り、自分が愛してやまないものをマッピングした図である。自己紹介が苦手でも、好きなことについてならば楽しんで書き上げることができるだろう。
「パーソナルマップ」も同様に、自分の趣味や経歴をツリー状に書き足していくものだ。家族構成や価値観などパーソナルな側面にまで踏み込んで書き込むこともできる。
森田氏が所属・管理するR&Dグループでは2021年5月より「自己紹介ボード」を採用している。これまでのキャリアや得意分野と並んで、働き方へのこだわり、休日の過ごし方といった記入欄が設けられているのが特長的だ。今では、ヘキサドライブの大阪本社内でも採用する事例が増えてきているという。
一見、業務に関係がなさそうな情報でも、当人にとってはモチベーションの源泉となっている場合もある。他社ではオフィスの交流スペースに自己紹介ボードを掲出しており、ヘキサドライブではアクセスしやすいようにTeamsのタブに追加して運用しているそうだ。コミュニケーションに自信がなくとも、ツールを活用すれば、自然に知り合うことができる。
お互いを知ることは「謙虚、尊敬、信頼」に繋がると森田氏は強調する。パーソナルな部分を知るほど、相手の真意が見えてくるものなのだ。
オフィスワークか、リモートワークか
新型コロナウイルスの流行によってワークスタイルは大きく変化した。もともとリモートワークと相性の良かったゲーム業界ではより早く普及し、それに伴ってオフィスの移転・縮小を実施した企業も多い。では、リモートワークは心理的安全性にどのような影響を与えるのだろうか。
オフィスワークとリモートワーク、双方にそれぞれメリットはあるものの、森田氏は「リモートワークは相手の状況が見えづらい」という難点を指摘する。実際に顔を合わせていれば、仕事が順調かそうでないかを何となく感じ取ることができただろう。
しかし、リモートワークでは、それまでチームをヴェールのように包んでいた組織文化が完全に分断されてしまう。ZoomやSlackを使ったところで完全に代替できるわけではない。相手の様子がわからないという胸の中のモヤモヤは、放っておけばやがて心理的安全性を侵食するようになる。
そこで森田氏は「(作業し)ながら会」という新しいコミュニケーションを考案した。Zoomのような通話可能なツールを用い、作業中ずっと接続したままにするのだ。接続中だからといって無理に会話をする必要はない。無言でもかまわないし、ブレイクタイムに雑談をしてもいい。オフィスワークのゆるいつながりをオンライン上で再現する試みだ。
チームを取り巻く環境は常に変化し続ける。だが、リーダーは2つの普遍的なミッションがある。
一つは、心理的安全性をつくり、問題発見能力を高めてトラブルを未然に防ぐこと。もう一つは、有意義なふりかえりでチーム全体をよりハイレベルな達成へと成長させることだ。
新しいワークスタイルの中で、よりハイパフォーマンスなチームでいられるかどうかが、ゲームビジネスの成否を分けるポイントとなりつつある。心理的安全性の重要性はますます高まっていくだろう。